AI狂騒曲はいつ終わる?

ここんところ、ニュースをつければAIだと騒がしい。去年、案件と案件の切れ間に自習してみていくつか思ったことを書きます。

ちなみに読んだ本は10冊程度、UDEMYのオンラインコースを2つ受けてみた感想です。

AIはまだ知性をもっていないね。終了!

いや、まあ知性が何かという定義から始まるので、強引な書き方ですが、そもそもできることが限られているのですよ。

限られすぎ!これなら犬の方がよっぽど汎用性がある。

でも限られた中では、人間をはるかに超えるパフォーマンスを出せることも事実なのです。

例えば、将棋でAIが名人を負かしたとか言ってますが、将棋というルールが決まった中での戦いのお話。

将棋ソフトはあくまで将棋しかできません。喋れないから感想戦もできないしね。

最近の顔認証システムなんかもすごいとは思うけど、その機能だけなんです。

そしてAIの最大の欠点は、意味を理解していないことです。

たとえば顔認証システムで、笑った顔、怒った顔、泣いた顔なんかを分類することは簡単ですが、笑っているとはどうゆう意味を持つのか、泣いているとはどうゆう意味を持つのかはAIには理解できていません。

顔の分類はできても、その意味は理解できないのです。

もう少し正確に説明すると、今の機械学習の手法というのは統計的な手法を用いているので、もっとも確からしい答えを出すことはできるのですが、その答えの意味を解釈することはできないのです。

つまり、うれしいとか、かなしいということ自体が理解できないのです。

意味を理解するという人間が当然保有している「知性」とは全くかけ離れた、かなり部分的な知的活動のみAIは実現できるのです。

まるで虫の知性です。

その意味で、AIが人間を超えることはありえないし、AIが仕事を奪うという懸念もちょっと大袈裟です。

そんなわけで、今のAIのブームもそろそろ終了すると思われます。でも、部分的な知性であっても、便利なものは使われていきます。

20年くらい前に、インターネットを用いた企業が台頭し、ニューエコノミーだと騒がれたあとに、ネットバブルは崩壊しました。

たくさんのITベンチャーが倒産しました。

でも今は、インターネットが社会の隅々にまで浸透しています。

オフィスには一人一台のPCが配布され、ネットにつながって仕事をしています。

単純に考えれば、これと同じようなことが起きるのでしょう。

しばらくはAI関連の企業が泡のように生まれ、期待値が極限まで高まった後にバブルがはじけると思います。

でも、気がついたらみんなAIを使ってる社会になっているというオチ。

そう考えると、すぐにAIを覚えて事業に参入する必要は全然なくて、今のビジネスの延長線上でAIを適用できる局面はあるのか、もしある場合、参入するのは合理的なのか、じっくり検討しておく程度でいいと思います。

自画自賛は見苦しい

今日はまったくITのシステムの話とは関係ありません。個人的な日記です。

最近、日本の文化は素晴らしい、日本人の素養が素晴らしいと自画自賛するテレビ番組が多いですねー

でも、ぶちゃけ他の部分で自慢できなくなったから、文化やら素養に逃げてる気がするのは僕だけでしょうか?

僕が子供のころは、日本は経済力でまさしくアメリカを追い抜く勢いだったので、日本の文化を自分たちで自画自賛するような番組はあまりなかった気がします。

むしろ日本人はもっと世界から学べ!みたいな番組が多かった。

多分みんなの目線が未来に向かっていた時代です。でも今は過去を見ているのでしょう。

YOUTUBEなんかでも海外の方が日本の文化なんかに賛辞を送ってくれていて、そうゆうのを見るのは素直にうれしいのですが、それを2次利用する日本人のチューバ―とかはどうなんでしょ?

・・・と、まじでおやじの日記感が満載になってきたのでで、ビジネスに役立つ方向に話題を持って行きます。

文化で金儲けをするような現象をビジネス的に解釈すると、理屈の上では周辺価値で差別化をする戦略であると見なせます。

例えばラーメン屋のケースでは、その店の価値(評価)は

中心価値: ラーメンがうまい
周辺価値: 店がきれい、店員が親切 などなど

と分類できます。

ラーメンをうまく作れないから、接客だけでもよくしよう!

日本の産業はもうだめだから、文化で勝負しよう!おもてなしだ!

そんな風に思えてしまって仕方ない。。。

もちろんリッツカールトンとかディズニーぐらいに周辺価値を高めれば、まあ世界で勝負できるとは思いますが、通常は周辺価値だけで成功することはありえません。

いくら店がきれいでも、まずいラーメンは食べたくないのです。

 

エンジニアと英語について

今日は英語について書いてみます。ブログのタイトルとあんまり関係なくなってきてますが。。。ネタ切れ感もあり。ともあれ進めます。

エンジニアにとって英語が必要か必要でないかという議論がありますが、まあ英語ができれば便利ですが必須ではありません。

GOOGLE翻訳すれば英文マニュアルなんかもだいたいわかります。

ただ、英語ができるほど、エンジニアとしての幅が広がることも事実です。

たとえばどうしても解決できない問題なんかも、英語でググればあっという間に解決したりします。

ググっても見つからない問題は、人に聞くことができます。(英語で質問するほうがレスはつきやすい)

マイナーなツールなんかは英語でしか質問を受け付けていませんしね。

なので、中学レベルの英文解釈、作文能力があるととても便利だと思います。

しかし、しゃべったり聞いたりする必要性はあまりないかもしれません。

私もオフショア開発をした経験はありますが、基本はメールかチャットなんかでやりとりするので英語をしゃべる必要性はあまり感じたことはないです。

まあ最初にハロー!くらいはスカイプでやることもありますが、そのあとはチャット、しかもあらかじめ用意しておいた想定問答集ベースで進めます。

よくわからない部分はあとでメールするよーーで逃げます。相手もネイティブではないのでそっちの方がお互いに楽だと。

私の場合、外資にいたわけではく、発注元として賃金の安い国(ベトナムとか)の開発会社を使いたかっただけなので、たいした英語力が必要でなかったというのもあります。

お互いエンジニアだからソースみれば大体なにやってるかわかるし、サンプルコードを渡せばむこうもだいたいこちらの意図を理解できます。

プログラムコード+ちょっとした英語力で十分です。

ということで、エンジニアとして英語はあれば望ましいけど、そのレベルは中途半端(TOEIC700くらい)でよいかと思います。

でも、もしそれ以上の世界に行こうと思うと大変な努力が必要です。

例えば外資系の開発会社なんかに努める場合は、TOEIC900なんかではとても足りません。

TOEIC900じゃ会議に置いて行かれます。電話もままならない。当然、議論なんかできません。

私自身、対策しまくってTOEIC900超えはしましたが、とても外資でバリバリ働けるレベルではないです。

一対一で、相手がこいつは英語がヘタだからな~と気使ってしゃべってくれれば、ほとんどのコミュニケーションが成立しますが、それって仕事のメンバーとしてはアウトですよね?

私の近所に中国人がやっている中華料理屋があって、その主人がヘタな日本語で対応してくれるんですが、そのレベルだと思います。私の英語も。

とはいえ、相変わらず英語の勉強は続けています。勉強というよりは英語の本を読んだり英語のテレビを見たりと生活の一部に英語を取り入れているだけになってますが。

外資でも通用するガチ英語力+日本語ネイティブ+エンジニアリングという組み合わせはかなりレアなので、市場価値も高いのです。なので5年単位での投資をしています。

まあ、そこまで目指さなくても、多少の英語ができるだけでもエンジニアとしてはかなりメリットがあるので、ぜひ勉強を始めることをお勧めします。