車に乗りすぎて脚力を失うエンジニアたちへ——AI時代に「筋トレ」は必要なのか
先日、仕事中にClaude Codeが止まった。
エラーが出て、まともにつながらない。ステータスを確認すると、やはり障害が発生していた。
私はClaude Codeだけに依存しているわけではないので、動かない仕事はCodex側へ回せばいい。今回はClaude側でもSonnetは比較的動いていたので、仕事そのものが完全に止まったわけでもなかった。
それでも、エラー画面を眺めながら少し嫌なことを考えた。
もしClaude CodeもCodexも、全部使えなくなったら、今のプロジェクトを自力で直せるだろうか。
答えはたぶん「直せる」である。
ただし、昔と同じ速度では絶対に無理だ。
車に乗っていたら、歩くのが面倒になった
AIを本格的に開発へ使うようになってから、自分の能力が少し変わったと感じる。
アーキテクチャを見て「この設計はおかしい」と判断することはできる。AIが出してきた案を見て、採用するか却下するかも判断できる。要件と実装がズレていることにも気づける。
一方で、細かな構文を思い出しながらコードを書き、ログを一行ずつ追い、検索しながら原因を潰していくような作業は、明らかに面倒になった。
できなくなったわけではない。
やりたくなくなったのである。
これは車に似ている。
毎日車で移動する生活をしている人に、突然「今日は10キロ歩いてください」と言えば、歩けないわけではない。しかし、ものすごく遠く感じる。
AI以前には普通にやっていたデバッグも、今や同じ感覚になりつつある。
では、定期的に「AI禁止デー」を作るべきか
ここで真面目に考えると、
「AIに頼りすぎると能力が落ちる。週に一度くらいAIを使わず、自力でコードを書くべきだ」
という話になる。
いわばエンジニアの筋トレである。
だが、私はやらない。
仕事で車を使えるのに、能力が落ちないよう毎週10キロ歩いて取引先へ行く人はいない。
電卓があるのに筆算を練習し、IDEがあるのにメモ帳でJavaを書く必要もない。
便利な道具によって不要になった能力が多少落ちるのは、ある意味では当然だ。
その時間があるなら、AIを使って別の仕事をしたほうがいい。
そもそもClaudeとCodexが同時に死ぬのか
さらに現実的に考えると、Claude Codeが落ちたからといって、世界中の生成AIが一斉に消滅するわけではない。
ClaudeがダメならCodexへ逃げる。
Claudeの一部モデルだけがダメなら、動いているモデルへ切り替える。
それでもダメなら、さらに別の選択肢もある。
もちろん大規模なネットワーク障害などを想定すれば何でも起こり得るが、それはもう別の問題である。
場合によっては「復旧を待つ」が正解になる
仮に本当にAIが一時的に全部使えなくなったとしても、自力で作業を続けることが最善とは限らない。
昔なら10時間かけて調査していたバグを、AIなら10分で見つけるとする。
AIが3時間後に復旧する見込みなら、3時間待って10分で直したほうが速い。
その間に別の仕事をすればいい。
「障害が起きても自力で全部できるエンジニアこそ本物だ」というのは格好いいが、仕事は根性試しではない。
電車が止まったとき、線路の上を歩いて会社へ向かうことをBCPとは呼ばない。
ただし、地図だけは持っておいたほうがいい
だから私は、いまさらAIなしのコーディングを筋トレするつもりはない。
その代わり、一つだけ必要だと思っている。
自分が担当しているシステムの構成図は残しておく。
どのサービスがどこにつながっているのか。どのリポジトリに何があり、どこからデータが入り、どこへ出ていくのか。重要な処理はどこにあり、障害時に最初に見るべき場所はどこなのか。
普段AIに任せていると、このあたりまで「Claudeに聞けば分かる」になりやすい。
それは少し危ない。
コードの細かな書き方を忘れても、調べればいい。AIが復旧してから聞いてもいい。
しかし、自分が何を作っているのかまで分からなくなったら、さすがにエンジニアではなくなる。
車に乗り続けて脚力が落ちるのは仕方ない。
だからといって毎朝ランニングする気もない。
せめて車が止まったとき、自分がどこにいるのか分かる地図くらいは持っておこうと思う。