「AIが使えない」のではない、お前が使いこなせていないだけだ

先日、日本では海外に比べて生成AIの利用率が低い、という記事を読んだ。

その理由として挙げられていたのが、「AIは使いづらい」「嘘をつくことがある」「期待した答えが返ってこない」といったものだった。

確かにAIは嘘をつく。存在しない情報をもっともらしく語ることもあるし、こちらの意図を外して、とんでもない回答を返してくることもある。

ただ、日常的にAIを使っている側からすると、こうも思う。

「AIが使えない」のではなく、単に使い方が分かっていないだけではないか。

ネットでも「AIは嘘ばかり吐くから使えない」「適当な答えしか返ってこない」という話をよく見かける。

しかし、AIは質問を入力すれば常に正解を返してくれる検索エンジンでもなければ、何も説明しなくてもこちらの意図を理解してくれる超能力者でもない。

使う側にも、それなりの技術が必要な道具なのだ。

AIは「入力の鏡」である

生成AIは、こちらが与えた情報や指示によって回答が大きく変わる。

「おすすめの本を教えて」

これだけ聞けば、AIは世間一般で評価されている本を適当に選ぶしかない。

しかし、

「50代のITエンジニア向け。AI時代のキャリアを考えるための本。技術書ではなく、仕事や社会の変化を扱ったものを5冊」

と聞けば、かなり違う答えになる。

目的、背景、条件、欲しい回答の形を伝えるほど、回答の精度は上がる。

ITの世界には昔から「Garbage In, Garbage Out」という言葉がある。ゴミを入れれば、ゴミが出てくる。

生成AIほど、この原則が分かりやすく現れる道具もない。

「AIが嘘をつく」は正しい。だから使い方がある

もちろん、ハルシネーションは生成AIの現実的な問題だ。

だが、「嘘をつくことがある」から「使えない」になるのは飛躍がある。

私はAIに文章を書かせることもあれば、プログラムを書かせることもある。調査にも使う。

しかし、重要な事実なら一次情報を確認する。プログラムならテストする。怪しい回答なら根拠を聞く。必要なら別のAIにも同じ質問をする。

最初からAIを「絶対に間違えない機械」として扱っていない。

人間の部下や同僚が作った資料だって、そのまま無条件で信用するわけではない。数字がおかしければ確認するし、重要な判断なら原典を見る。

なぜかAIになると、突然「一度でも嘘をついたら使えない」という100点満点を要求する人が出てくる。

そんな基準を人間にも適用したら、会社から人がいなくなる。

曖昧な指示からは、曖昧な回答しか出ない

AIへの指示は、職場での仕事の頼み方によく似ている。

部下に、

「適当にいい感じの資料を作っておいて」

とだけ言って、翌日出てきた資料を見て、

「なんだこれは。全然使えない」

と怒る上司がいたらどう思うだろう。

目的も、対象読者も、ページ数も、何を伝えたいのかも説明していない。

それで期待したものが出てこなかったとして、本当に部下だけの責任なのか。

AIでも同じことが起きる。

背景を伝える。目的を伝える。条件を与える。違っていたら修正を指示する。

一発で完璧な回答を引き当てるのではなく、対話しながら目的の場所まで持っていく。

ここを理解すると、AIはかなり使える道具になる。

「魔法のプロンプト」を覚える必要もない

だからといって、「あなたは優秀な専門家です」といった決まり文句を大量に暗記する必要もない。

もっと単純な話だ。

自分が何をしたいのかを、AIに分かるように説明する。

足りなければ情報を追加する。

回答がおかしければ、「そこは違う」と指摘する。

長ければ「3割削れ」と言えばいいし、抽象的なら「具体例を入れろ」と言えばいい。

AIを使いこなす能力とは、特殊な呪文を覚える能力ではない。

自分の頭の中にある目的や条件を言葉にして、相手に伝える能力に近い。

道具の性能と、道具を使う能力は別問題だ

AIには欠点がある。

嘘もつく。勘違いもする。余計なこともする。

それは事実だ。

しかし、そこから「だから使えない」と結論づけてしまえば、そこで終わる。

電卓も表計算ソフトも検索エンジンも、使い方を覚えた人間が仕事の道具にしてきた。生成AIだけが、何の練習もせず最初から完璧に使える必要はない。

むしろAIは、使う側の能力をかなり露骨に映し出す道具だと思う。

曖昧な問いには曖昧な答えが返り、具体的な問いには具体的な答えが返る。

だから「AIは使えない」と言いたくなったとき、一度だけ考えてみてもいい。

本当に使えないのはAIなのか。それとも、まだ自分が使いこなせていないだけなのか。

日本のAI利用率が低い理由が「AIが使いづらいから」なのだとしたら、少し皮肉な話である。

使いやすくなるのを待っている間に、使っている人間だけが上手くなっていくからだ。