日本人は本当にマナーが良いのか?――近所に落ちていた「巨大うんち」が教えてくれたこと
先日、近所のお店の前を通りかかったとき、とんでもないものを発見した。
うんちである。
しかも、尋常ではない大きさだった。
思わず「これ、人間のじゃないのか?」と疑ってしまうほどの立派な代物だ。
大型犬のものなのか、それとも本当に人間のものなのか。正体は分からないが、よりによってお店の真ん前である。
店の人も災難だ。自分には何の責任もないのに、結局は片付けるしかない。
用事を済ませて帰ってきたときには、巨大うんちはきれいに消えていた。
誰かが処理したのだろう。
ちなみに、そこはかなり人通りの多い場所である。犬のものだとすれば、飼い主は堂々と放置して立ち去ったことになる。
日本人のマナーも、なかなか大したものだ。
地面に落ちる前に受け止める人もいる
この光景を見て、以前テレビで聞いた話を思い出した。
ある芸能人が、愛犬のうんちを地面に落ちる前に受け止めているというのだ。
手袋や袋を使って、直接地面に触れさせない。
確かに、一度落ちてしまえば、拾っても多少の汚れは残る。そこまで徹底するとは感心した。
もっとも、芸能人ともなれば事情は違うのかもしれない。
犬のフンを放置しているところを誰かに撮影され、SNSに投稿でもされたら大変だ。
「人気タレント、愛犬のフンを放置!」などと炎上すれば、仕事にまで影響しかねない。
一般人なら近所の評判が落ちるだけだが、芸能人は仕事まで失う。うんち一つにも、ずいぶん高いリスク管理能力が求められる職業である。
一方、道端に巨大うんちを放置する飼い主もいる。
片や地面に落ちる前にキャッチし、片や地面に落としたまま逃走する。
同じ犬の飼い主でも、ここまで違う。
結局、マナーの差というより、見つかったときに失うものの差なのかもしれない。
マナーの良さは住む場所で変わる?
以前、私は比較的高級な住宅街に住んでいた。
その頃は、道端に犬のフンが放置されている光景など、ほとんど見かけなかった。
ところが、現在住んでいる中流層の住宅街では、ときどき見かける。
では、もっと庶民的な下町ではどうなのか。
推して知るべし、である。実際、下町を歩けば分かる。街並みも道路も汚い。
こうして考えると、マナーの良さには地域差があるように思う。
高級住宅街では、周囲の目が厳しい。変なことをすれば近所の評判に響く。
一方、そうした圧力が弱い場所では、マナーも緩みやすい。
だとすると、日本人のマナーの良さとは、本人の道徳心というより、単に周囲の監視がよく機能しているだけなのではないか。
日本人サポーターのゴミ拾いは美談なのか
以前、海外のサッカースタジアムで、日本人サポーターが試合後にゴミを拾って帰ったことが話題になった。
世界から「日本人は素晴らしい」「なんと礼儀正しい国民だ」と称賛された。
確かに、立派な行動である。
ただ、少し意地悪なことを考えてしまう。
もし誰も見ていなかったら?
カメラもなければ、SNSに投稿されることもない。周囲に知り合いもいない。
それでも同じようにゴミを拾うだろうか。
そもそも、ゴミ拾いをしたサポーターと、道端に犬のフンを放置する飼い主は、どちらも同じ日本人である。
前者だけを見て「日本人はマナーが良い」と結論づけるなら、後者を見て「日本人はマナーが悪い」と言ってもよさそうなものだ。
しかし、海外で日本人がゴミを拾えば国民性の話になり、国内で誰かが犬のフンを放置しても、単なる迷惑行為として片付けられる。
実に便利な使い分けである。
誰も見ていないときこそ本性が出る
結局、マナーには二種類ある。
誰かが見ているから守るマナーと、誰も見ていなくても守るマナーである。
ここからは完全に私の勝手な決めつけなのだが、ひょっとすると宗教への信仰が強い国のほうが、誰も見ていない場所でのマナーは良いのではないか。
なぜなら、神様が見ているからである。
日本人は周囲に人がいなければ、つい気が緩む。しかし、神様を本気で信じている人にとっては、周囲に人がいるかどうかなど関係ない。
誰も見ていなくても、神様だけは見ている。
そう考えれば、下手な防犯カメラよりもよほど効果がありそうだ。
日本人のマナーの良さは、周囲の人間による相互監視で成り立っている。一方、信仰心の強い人は、神様という究極の監視者を心の中に持っているわけだ。
もっとも、私自身はそこまで信仰心が強いわけではない。
神様が見ているから悪いことをしない、という考え方には感心する。
ただ、24時間365日、神様に監視されている人生というのも、ちょっとしんどい。