二世政治家はそんなに悪いのか?——世襲を批判しながら、選挙ではまた世襲を選ぶ日本人

先日、不祥事で辞任した大臣の後任には、2世の政治家がついたようだ。相変わらず世襲政治家が幅を利かせている。

世間ではよく、

「政治家と芸能人は、自分の子供にも同じ仕事をさせたがる」

と言われる。

それだけ美味しい仕事なのだろう、という皮肉もセットである。

確かに政治家を見ると、親も政治家、祖父も政治家という人は珍しくない。芸能界にも二世俳優、二世タレントが次々と出てくる。

しかし考えてみれば、世襲そのものは珍しくない。

開業医の子供が医者になる。老舗企業の息子が会社を継ぐ。寿司屋の息子が寿司職人になる。

そもそも天皇制や歌舞伎の一門のような、日本の歴史文化に関わる家は多くが世襲である。

それなのに、

「また二世寿司職人か!」

と怒っている人はあまり見ない。

なぜか政治家と芸能人だけは、二世というだけで妙に目立つ。

この二つには共通点がある。

親の名前だけであきらかに楽ができるからだ。

例えば、歌舞伎役者が世襲なのはみんな知っているが、子供の頃から厳しい稽古を受けているのも知っている。

しかし、二世の芸能人などは、何の努力もしないでTVに出てくる。

そりゃ面白くない。

芸能人は「デビュー」を相続できても、「人気」は相続できない

芸能人の二世は圧倒的に有利である。

普通なら何百人ものオーディションを勝ち抜かなければならないところを、

「○○の息子、芸能界デビュー」

だけでニュースになる。テレビにも呼ばれるし、親子共演まで用意される。

一般人からすれば、とんでもないスタート地点の差である。

ただし芸能界には残酷なところもある。

親から知名度はもらえても、人気までは相続できない。

最初は珍しがって使ってもらえても、本人が面白くない、演技ができない、人気も出ないとなれば、そのうち呼ばれなくなる。

親の七光りは強力なブースターだが、永遠に飛び続けられるわけではない。

ところが政治家には、もっと便利なものがある。

政治家は「客」まで相続できる

政治の世界には昔から、

地盤・看板・鞄

という言葉がある。

地盤は後援会などの選挙組織、看板は名前と知名度、鞄は選挙資金である。

普通の新人候補なら、これをゼロから作らなければならない。

駅前に立ち、地域の集会を回り、頭を下げ、少しずつ名前を覚えてもらう。

二世候補なら、親が何十年もかけて作ったものをかなりの部分引き継げる。

芸能人でいえば、

「親の名前を使ってデビューできます」

どころではない。

「親のファンクラブも一緒に差し上げます」

に近い。

そりゃ強い。

では、東大卒のエリートなら安心なのか

世襲を排除して、能力だけで政治家を選べばいい。

話はそれほど簡単でもない。

難関大学を出て、中央官庁で政策を担当し、政界へ転身する。

経歴だけ見れば完璧である。

しかし政治家の仕事は試験ではない。

商店街のおじさんの愚痴も聞かなければならないし、論理的には筋の通らない陳情にも付き合わなければならない。

そこで、

「その主張には論理的一貫性がありません」

と完璧に論破しても、政治家としてはあまり役に立たない。

少しくらい世間知らずな二世の「ぼんぼん」が、

「そうですよねえ。それは困りますよねえ」

と話を聞いているほうが政治家として機能することだってある。

学力と政治力は別の能力である。

世襲をなくせば、自動的に優秀な政治家だけが並ぶわけではない。

二世政治家を当選させているのは誰なのか

そして世襲批判で、いつも不思議に思うことがある。

「親の七光りだ」

「特権階級だ」

「政治家まで世襲するな」

では、その人を当選させたのは誰なのか。

われわれである。

日本では、親から子へ議席を相続できない。

父親が引退したら、法務局から息子のところへ「衆議院議員一議席の名義変更が完了しました」という通知が届くわけではない。

ちゃんと選挙をする。

対立候補もいる。

そのうえで有権者が、

「やっぱり○○先生の息子さんが安心だ」

と投票する。

だから世襲政治を批判するとき、有権者だけを無関係な被害者の位置に置くのはおかしい。

政治家が勝手に世襲しているのではない。

こちらも選んでいる。

たぶん世襲そのものが嫌いなわけではない

話は変わるが、こないだ面白い話をテレビで見た。

ある世界的に有名な日本料理店には息子がおらず、娘の夫が店を継いでいた。

日本では家業を残すために婿を取ることは珍しくない。ただ、今は娘の結婚相手を親が勝手に決められる時代でもない。

その若主人は娘と普通に恋愛結婚したのだが、結婚が決まるまで、相手の実家がそんな有名店だとは知らなかったという。

本人は笑いながら、

「騙されたと思いました」

と話していた。

普通に結婚したつもりが、突然、世界的な店を継ぐ話まで付いてきたのだから、確かに笑えない。

奥さんと一緒に厳しい修行までがセットでやってくるわけだ。

世襲というと「親から楽に何かをもらう」というイメージがあるが、現実には継ぐ人が見つからず、こんな苦肉の策まで必要になる家もある。

考えてみれば、われわれが嫌っているのは世襲そのものではないのだろう。

歌舞伎役者の子供が厳しい稽古をして跡を継いでも、それほど「ずるい」とは言われない。

嫌われるのは、親の名前だけで楽をして結果まで手に入れたように見えるときだ。

二世政治家への反発も、突き詰めれば案外そこなのかもしれない。