世界的ヒット作の足元に眠る、無数の「クソ漫画」という豊穣な屍
深夜、YouTubeの関連動画をなんとなく眺めていたら、懐かしい漫画が出てきた。
『狂四郎2030』。
徳弘正也が描いた、核戦争後の2030年を舞台にしたSF漫画である。
強権的な管理社会、遺伝子による選別、男女隔離、幼児虐待、性暴力、虐殺。その一方で、徳弘正也らしい下ネタとギャグが普通に入ってくる。
設定だけ書くと陰惨なディストピアSFなのに、突然くだらない下ネタが飛んでくる。ギャグ漫画のようで物語そのものはかなり重い。
こういう漫画が普通に商業誌で連載され、しかも20巻まで出ていた。
さらに関連動画には『ゴッドサイダー』まで出てきた。
これも子供の頃に読んだ記憶がある。細かいストーリーはほとんど覚えていないのだが、悪魔だの神だのが出てくるオカルトバトル漫画で、やたらとエロくてグロかった記憶だけは妙に鮮明に残っている。
そこで思った。
今、世界で「日本のMANGA」として知られているのは、『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』のような巨大ヒット作である。
しかし、日本漫画の本当の強さは、その下にある巨大な裾野ではないのか。
海外に知られているのは、生存者だけである
海外で知られている日本漫画は当然、『ONE PIECE』『NARUTO』『ドラゴンボール』『鬼滅の刃』といった成功作が中心になる。
しかし、その下にはとんでもない数の漫画が眠っている。
数巻で終わった漫画。途中から迷走した漫画。人気が出ずに打ち切られた漫画。「なぜ編集部はこれを連載させたんだ」と言いたくなる漫画。
逆に、『狂四郎2030』のようなかなり尖った作品が20巻も続くこともある。
日本には少年誌、青年誌、少女漫画誌から、聞いたこともないようなマイナー誌まで大量に存在していた。
それだけ雑誌があれば、大量の作品が必要になる。
当然、
「これ誰が読むんだ?」
という漫画まで世に出てくる。
そして、そんな漫画にもちゃんと読者がいた。
私もその一人だったのだろう。
『ONE PIECE』も突然空から降ってきたわけではない
ここで面白い事実がある。
『ONE PIECE』の作者、尾田栄一郎は若い頃、徳弘正也のアシスタントをしていた。
つまり、現在では世界的なメガヒットを生み出した漫画家も、最初から一人で『ONE PIECE』を描いていたわけではない。
先輩漫画家の仕事場で原稿を手伝い、漫画の技術を学んでいた時期がある。
これは今回の話を考えると象徴的である。
日本漫画の裾野とは、単に「売れなかった漫画が大量にある」という話ではない。
漫画家同士もつながっている。
ある漫画家の仕事場で若い漫画家がアシスタントをする。そこで技術を覚え、やがて自分の作品を描く。その中から次のヒット作が生まれる。
作品だけではなく、漫画家、アシスタント、編集者、読者まで含めた巨大な生態系なのである。
だから『ONE PIECE』だけ研究しても、『ONE PIECE』は作れない。
その下には何十年にもわたる大量の試行錯誤がある。
新人が持ち込む。ボツになる。また描く。連載を取る。人気が出なければ打ち切られる。そしてまた別の新人が出てくる。
その繰り返しの中から、ときどき化け物のような才能が現れる。
大量に試して、大量に失敗し、その現場で次の世代まで育てる仕組みそのものが、日本漫画の強みだったのではないか。
ピラミッドの頂点だけ持ってきても、ピラミッドにはならない
海外から日本漫画を見ると、成功作ばかりが見える。
それは当然である。わざわざ翻訳して、日本ですら売れなかった漫画を海外へ持っていく理由はない。
だから日本では名作が次々と生まれているように見える。
実際には、大量に作って、大量に失敗している。
ピラミッドの頂点だけを持ってきても、ピラミッドは再現できない。
必要なのは、その下にある巨大な石の山である。
そして、その石のかなりの部分には、
「全3巻」
「第一部完」
「作者の次回作にご期待ください」
と刻まれている。
これは漫画に限らない。
成熟した文化には、駄作が多い。
映画でも音楽でもゲームでも、大量に作れば大量に失敗する。しかし、その中から新しい表現や突然変異のようなヒット作が出てくる。
クソ漫画を大量に作れること自体が、漫画文化の厚みなのである。
もちろん、この仕組みは作る側から見れば残酷だ。
何年も描き続け、ようやく連載を取っても人気が出なければ終わる。その一本一本には誰かの人生が乗っている。
それでも、その膨大な試行錯誤がなければ、現在の日本漫画もなかったはずだ。
『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』だけが日本漫画ではない。
打ち切られた漫画も、なぜか最後まで読んでしまった漫画も、作者の狂気だけが妙に記憶に残っている漫画も、全部まとめて日本の漫画文化である。
そして深夜のYouTubeは、ときどき墓場からそんな作品を掘り起こしてくる。
「お前、これ覚えてるだろ?」
と言わんばかりに。
やめてほしい。
忘れていたのに、タイトルを見た瞬間、30年前の記憶が全部戻ってくる。そして気がつけば検索している。
名作は歴史に残る。クソ漫画は脳に残る。
日本の漫画文化が恐ろしいのは、たぶん後者まで異常に層が厚いことである。