「嘘をつくな」で情報戦は勝てるのか——秀吉を見て思った、日本の少しおめでたい外交
今日、テレビで豊臣秀吉の天下取りについての番組を見ていた。
主君の織田信長が天下統一に王手をかけていたが、本能寺の変で殺された。その直後、秀吉がどう動いたのかという話である。
この時の秀吉の動きは、改めて見るとなかなかすごい。
その時、秀吉は中国地方で毛利氏と戦っていたが、信長の死を知ると、その情報が毛利側へ広がる前に講和をまとめ、猛烈な勢いで自分の領地へ引き返した。いわゆる「中国大返し」である。
信長が死んだと毛利側に知られれば、講和どころではなくなる。だから情報を徹底的に管理し、さらに講和後は信長は生きているという偽情報を各地に流し、自分に有利な状況を作っていく。
現代風に言えば、かなり高度な情報戦である。
もちろん戦国時代なのだから、敵にすべて正直に話してから戦争を始める武将などいない。
嘘をつく。隠すべき情報は隠す。相手が状況を把握する前に先手を打つ。
天下人になるような人物が、お人好しであるはずもない。
そういえばYouTubeで妙な話を見た
そんな番組を見ていて、以前YouTubeで見た動画を思い出した。
アメリカ人と中国人が、日本の「情報戦」「認知戦」の弱さについて話している動画だった。
その中で、中国では外国人インフルエンサーなどを利用し、日本に不利な情報を海外向けに発信させるようなバイトがある、という話が出ていた。
個別の話がどこまで事実なのかはさておき、国家がSNSやインフルエンサーを使って自国に有利な世論を作ろうとすること自体は、もはや珍しい話ではない。
政府が直接、
「我が国は正しい。日本は間違っている」
と言っても、それは政府広報として見られる。
しかし第三者の外国人が、
「実際に調べてみたら、日本にはこんな問題がありました」
と言えば、受け取る印象はまったく違う。
現代の情報戦では、誰が言うかまで含めて設計されている。
そして、その動画で日本について語られていたのが、
日本はこの手の戦いがかなり弱い
という話だった。
そこで秀吉を思い出すと、少し残念な気分になる。
少なくとも400年以上前には、情報を隠し、嘘をつき、一気に主導権を奪った人間が日本にいた。
どうも日本人に情報戦の才能がないわけではなさそうだ。
日本には「嘘をつくのは悪い」という感覚が強い
日本では子どもの頃から、
「嘘をついてはいけません」
と教えられる。
これは別に悪い文化ではない。
契約書を細部まで確認しなくても商売が成立する。財布を落としても戻ってくる可能性が高い。相手も一定のルールを守るという前提で社会を回せる。
こういう社会的な信頼には巨大な価値がある。
もちろん、日本に詐欺師がいないという話ではない。
詐欺事件などいくらでもあるし、企業が不祥事を隠すこともある。日本人だけが特別に正直な民族だ、などと言うつもりもない。
ただ、少なくとも「嘘をつくことは悪い」という道徳を社会規範としてかなり強く教える国ではある。
問題は、その感覚をそのまま国際政治に持ち込んでいいのか、ということだ。
外交は学級会ではない
国内社会では、相手も同じルールを守るという信頼が重要になる。
外交は違う。
相手国には相手国の利益がある。
自国に有利な情報を発信するし、不利な情報には反論する。自国の立場を海外メディアに説明し、SNSも使い、場合によっては第三者を通じて世論へ働きかける。
こちらが何もしなければ、
「日本は嘘をつかなかった。偉い」
と国際社会が採点してくれるわけではない。
情報空間には、相手側の主張だけが残る。
情報戦というと、すぐに「では日本も嘘を流せというのか」という話になりがちだが、それも極端である。
事実を捏造しなくても、自国に有利な事実を積極的に発信することはできる。間違った情報には即座に反論できるし、海外の言語や海外の発信者を使って自国の立場を説明することもできる。
何もしないことは中立ではない。
単なる不戦敗である。
秀吉くらいでちょうどいい
秀吉が現代にいたら、SNSで何をやるのか。
少し想像すると怖い。
少なくとも、
「こちらが誠実にしていれば、いつか世界の皆さんも分かってくれるでしょう」
などと言って待ってはいないだろう。
相手が何を知っているのかを調べ、自分が何を見せるべきかを考え、一番効果的なタイミングで情報を出すはずだ。
私は「嘘をついてはいけない」という日本の道徳そのものを捨てる必要はないと思う。国内社会まで化かし合いになったら、生活するだけで疲れてしまう。
ただし外交まで同じ感覚でやる必要もない。
国家同士が利益をぶつけ合う場所では、善意より戦略が必要になる。
400年以上前の秀吉は、その程度のことをよく知っていた。
日本人は情報戦が苦手なのではない。しばらく真面目にしすぎて、やり方を忘れているだけなのかもしれない。
外交くらいは、秀吉を少し見習うくらいでちょうどいい。