一度「楽して大金」を知った人間は、普通の生活に戻れないのか?
ネットニュースを眺めていたら、かつてテレビで活躍していたお笑い芸人が万引きで逮捕されたという記事が目に入った。収入が減ったことが動機らしい。
そういえば以前にも、世間を騒がせた元アイドルが万引きで捕まったり、風俗店で働いていたことが話題になったりしていた。
こういうニュースを見るたびに、素朴な疑問が浮かぶ。
「なぜ普通に働かないのか?」
コンビニでもスーパーでも仕事はある。それなのに、なぜ生活に困窮し、犯罪にまで手を染めてしまうのか。
考えてみると、芸能界という特殊な世界には、一度足を踏み入れると抜け出せなくなる恐ろしさがあるように思う。
数時間で会社員の月収を稼ぐ世界
売れっ子芸能人ともなれば、数時間のテレビ収録で会社員の月収に相当する金額を稼ぐこともある。
周囲からは特別扱いされ、ファンからは歓声を浴びる。
そんな生活を何年も続けた人間が、突然、時給1,200円のアルバイトに戻れるだろうか。
8時間働いて9,600円。しかも、今度は自分が客に頭を下げる立場である。
普通の人間にとっては当たり前の労働でも、かつての成功者には屈辱に感じられるのではないか。
一度上がった生活水準は簡単には下げられない。ましてやプライドとなれば、なおさらだ。
本当に厄介なのは金銭感覚よりプライド
かつてテレビで何百万人もの視聴者に顔を知られた人間が、今度はスーパーで品出しをする。
そこへ昔のファンがやって来る。
「あれ? 昔テレビに出ていた人ですよね?」
本人にとっては、これ以上ない屈辱かもしれない。
過去の栄光を捨てられない人間は、生活を立て直すことより、かつての自分を守ることを優先してしまう。
いつか再び脚光を浴びる日が来ると信じ、現実から目を背け続ける。
気がつけば貯金は底をつき、仕事もない。
残っているのは、世間が忘れた過去の栄光と、本人だけが捨てられないプライドである。
「楽して稼ぐ」は麻薬なのか
これは芸能人に限った話ではない。
投資やギャンブルで大金を手にした人間が、地道に働くことを馬鹿らしく感じるのも似た構造だろう。
一度、短時間で大金を得る快感を覚えると、毎日コツコツ働くことが、ひどく効率の悪い行為に思えてくる。
だが、かつて大金を稼げたことと、今後も稼げることは、まったく別の話だ。
芸能界の人気など、流行が変われば一瞬で消える。
ところが、本人の金銭感覚とプライドだけは全盛期のまま。
収入は一般人以下になっても、意識だけはスターのままである。
芸能事務所は、なぜ売れっ子に散財させるのか
さらに恐ろしいのは、芸能界には売れっ子に金を使わせる文化があることだ。
「芸人は金を使ってこそ芸の肥やしになる」
「借金してでも豪快に遊べ」
昔からよく聞く話だが、別の見方をすると実に巧妙な仕組みではないか。
売れっ子が稼いだ金を堅実に貯蓄し、数億円の資産を築いたらどうなるか。
もう嫌な仕事を引き受ける必要はない。事務所から独立してもいいし、そのまま隠居してもいい。
ところが、高級車や豪邸、夜の街で金を使い果たせば、翌月も必死に働かなければならない。
本人は豪快に遊んでいるつもりでも、実際には仕事を辞められない環境を自分で作っている。
事務所にとって、十分な資産を持っていつでも辞められる芸能人と、金遣いが荒く働き続けるしかない芸能人。どちらが都合がいいか。
考えてみれば、麻薬の売人とよく似た構造である。
ただし片方は犯罪だが、もう片方は業界の美談として語られる。
一番の不幸は、成功してしまったことかもしれない
考えてみれば、最初から売れなかった芸人の方が、案外幸せなのかもしれない。
若い頃に夢を追い、売れない現実を知り、どこかで見切りをつけて普通の仕事に就く。
厄介なのは、中途半端に成功してしまった人間だ。
一度は大金を稼ぎ、テレビにも出演し、世間からチヤホヤされた。その記憶があるからこそ、今の自分を受け入れられない。
成功体験が、その後の人生の足かせになるのである。
世間では、芸能界で成功した人間を「人生の勝ち組」と呼ぶ。
だが、成功は一瞬でも、その記憶は一生残る。
芸能界で本当に成功した人間とは、大金を稼いだ人間ではない。稼いだ金を残し、いつでも芸能界から逃げられるようになった人間である。
そう考えると、芸能界で最も恐ろしいのは、売れないことではない。
売れてしまったばかりに、死ぬまで売れ続けなければならなくなることなのだ。