「彼女の一人や二人」がプレイボーイになる?――直訳の罠とAI翻訳の限界
先日、言葉の面白さを改めて感じる話を聞いた。
ある物語の中で、真面目すぎる青年に向かって、周囲の人間がこんなことを言う。
「お前も彼女の一人や二人くらい作ったらどうだ」
日本人なら、特に違和感のないセリフだろう。
仕事ばかりしていないで、恋愛くらい楽しめ。もう少し肩の力を抜いて生きろ。
そんな意味である。
ところが、このセリフがそのまま英語に訳されたのだが、読者に妙な誤解を与えたらしい。
You should get yourself a girlfriend or two.
直訳すれば「彼女を一人か二人作ったらどうだ」。
英語では、恋人を二人持つことまで勧めているように聞こえてしまう。
真面目な青年に恋愛を勧めていたはずが、いつの間にかプレイボーイになることを勧めている。
日本語では「一人や二人」は数量の問題ではない。「それくらいの余裕を持て」という意味を含んだ言い回しなのだ。
数字は正しく翻訳されている。
しかし、意味は間違っている。
映画の字幕が原文と違う理由
英語の映画を見ていると、登場人物のセリフと日本語字幕がずいぶん違うことがある。
英語ではそんなことを言っていないのに、日本語ではまったく別の表現になっている。
以前は「ずいぶん大胆に意訳するものだ」と思っていた。
しかし、今回のような例を考えると、その理由がよく分かる。
言葉は単語を一対一で置き換えれば済むものではない。
その国でどのような場面に使われ、どんな感情が込められ、相手がどう受け取るのか。
そこまで含めて翻訳しなければならない。
「彼女の一人や二人」も、英語では単に a girlfriend とした方が、むしろ元の日本語に忠実なのである。
翻訳とは、言葉を正確に置き換える作業ではなく、意味を正確に届ける作業なのだ。
AI翻訳は賢くなった。それでも油断できない
最近のAI翻訳は驚くほど優秀になった。
昔の機械翻訳なら、単語を機械的に置き換えたような不自然な英文が出てくることも珍しくなかった。
しかし、現在のLLMは文脈を読み取り、かなり自然な意訳までこなしてしまう。
私自身、日本語で書いたブログを英語に翻訳する際、日常的にAIを利用している。
正直なところ、その能力には大いに助けられている。
ただし、一つ厄介な問題がある。
AIが間違えることより、どこで間違えるのか分からないことだ。
明らかな文法ミスなら気づける。
しかし、文法的には完璧で、単語の意味も合っている。それなのに、英語圏の読者にはまったく違う印象を与えてしまう。
こういう間違いが一番怖い。
しかも、出来上がった英文が流暢であればあるほど、こちらも安心してしまう。
最後に必要なのは、言葉への違和感
だから私は、AIが翻訳した英文を読むとき、少しでも引っかかる表現があれば調べるようにしている。
この言い回しは英語でも自然なのか。
日本語の冗談が、英語では失礼な表現になっていないか。
こちらが伝えたかった皮肉は、きちんと皮肉として伝わるのか。
AIがどれほど進歩しても、最終的に文章を公開するのは自分である。
もっとも、AIの翻訳ミスを見抜くには、こちらにも相応の英語力が必要になる。
考えてみれば、なかなか皮肉な話だ。
英語ができなくても英語の文章を書ける時代になった。しかし、その英語が正しいか確かめるには、結局英語ができなければならないのである。