日本文化は三層構造なのか――何度も繰り返す「やまと回帰」の不思議
日本の歴史を見ていると、文化が地層のように重なっていることに気づく。
一番下には、日本列島に古くから存在した土着的な文化がある。その上に中国文明が乗り、さらにその上に西洋文明が乗った。
かなり大ざっぱに整理すれば、日本文化はこの三層構造でできている。
面白いのは、新しい文化を取り入れても古い層が消えないことだ。全部残っている。そして、ときどき下の層が突然顔を出す。
私はこれを「やまと回帰」と考えている。
日本文化を作った三つの地層
一番下にあるのが、縄文から古代日本につながる土着的な層である。自然に神を見る感覚、神道につながる信仰、そして漢字以前から存在したやまとことば。
その上に中国文明が乗った。
漢字、仏教、儒教、律令制度。古代日本にとって中国大陸は圧倒的な先進文明だった。文字から宗教、法律、行政制度まで輸入したのだから、現代風に言えばアプリを導入したというレベルではない。OSごと入れ替えたようなものである。
そして近代になると、西洋文明が乗る。
科学技術、近代法、議会制度、資本主義、軍事制度、学校制度。明治政府は国の仕組みそのものを猛烈な勢いで作り替えた。
この三層は、実は歴史書を開かなくても見ることができる。
日本語そのものに残っているからだ。
「あし」という一語に残る三層構造
日本語には、もともとの和語がある。その上に中国由来の漢字と漢語が入り、さらに西洋由来の外来語が加わった。
たとえば「あし」。
もともとのやまとことばでは「あし」という一つの言葉だった。現在われわれが漢字で「足」と「脚」と書き分けるものを、一つの概念で捉えていたのである。
そこへ中国から漢字が入ってくる。
中国側には「足」と「脚」という区別がある。それを取り込み、どちらにも日本語の「あし」という読みを割り当てた。一方で中国由来の音も残し、「足」は「ソク」、「脚」は「キャク」と読む。
つまり、自分たちの言葉を捨てて中国語に乗り換えたのではない。
もともとの「あし」を残したまま、中国由来の「足/脚」という区別と読み方を上に重ねたのである。
さらにその上に、西洋由来のカタカナ語が乗ってくる。
「あし」があり、「足」「脚」があり、その上に「フット」「レッグ」がある。
やまとことばでは一つだった「あし」に、中国由来の漢字と概念区分が重なり、さらに西洋由来の語まで加わった。
外国人が日本語学習で苦労する理由の一つもここにある。
漢字を覚えれば終わりではない。訓読みと音読みがあり、和語と漢語があり、さらにカタカナ語まで飛び込んでくる。
日本人にとって「あし」「足」「脚」「フット」「レッグ」は、すべて普通に使う日本語である。
しかし外から見れば、一つの言語の中に異なる時代の語彙体系が地層のように積み重なっている。
日本文化の三層構造は、歴史書の中だけにあるのではない。われわれが毎日使っている日本語そのものに残っているのである。
中国化したと思ったら、日本へ戻る
日本は外来文化を取り入れ続けるだけではない。
ある程度取り込むと、今度は日本化を始める。
分かりやすい例が平安時代の国風文化だ。中国文化をそのまま模倣する段階から離れ、漢字から仮名が生まれ、『源氏物語』や『枕草子』のような独自の文化が発達した。
ただし、漢字も仏教も捨てていない。
一度外国文化を飲み込んでから、日本文化として消化し直したのである。
もっと露骨なのが江戸時代の国学だ。
本居宣長らは、中国由来の儒教や仏教によって日本本来の感性が覆われたと考え、『古事記』などを研究した。宣長が批判した「漢意(からごころ)」は、その象徴だろう。
中国文化が入り込む以前の日本を探す。
かなり明確な「やまと回帰」である。
西洋化の先でも、また大和へ戻った
明治維新では、今度は西洋文明を猛烈な勢いで取り入れた。
軍隊、学校、法律、産業、政治制度まで西洋化する。
ところが、しばらくするとまた、
「われわれは何者なのだ」
という問いが出てくる。
私は個人的には、第二次世界大戦へ向かう時期も、この「やまと回帰」が極端な形で現れた時代だったと考えている。
明治以降、西洋を必死で追いかけた日本が、その西洋との対立を深める中で、天皇を中心とする国家観、日本精神、大和魂を強烈に打ち出していった。
「西洋とは違う日本」への回帰である。
ただ、ここには巨大な皮肉がある。
西洋に対抗するために「日本古来の精神」を掲げていた国家そのものが、西洋を参考に作った近代国家だった。
軍艦も飛行機も近代工業も西洋由来である。
近代的な官僚制度と軍隊を使って、「西洋文明に対する日本精神」を叫んでいた。
一番下の地層へ戻ろうとしているようで、実際には三つの地層全部を使って戦っていたのである。
全部抱えたまま、大和を掘り返す
結局、日本は昔へ戻っているわけではない。
国風文化が生まれても漢字は残った。国学が盛んになっても仏教や儒教は消えなかった。西洋化しても神社は残った。
古い層を消さず、その上に新しい層を積んでいく。
そして外来文化が強くなると、ときどき下に埋まっていた「日本とは何か」が掘り起こされる。
「あし」は消えなかった。
その上に「足」と「脚」が乗り、さらに「フット」と「レッグ」が乗った。
それでも日本人は、そのすべてを日本語として使っている。
日本文化は外来文化を追い出して大和に戻るのではない。全部抱えたまま、ときどき大和を掘り返すのである。