銀行より先に掲示板へ相談する女は、本当に存在するのか
ネットの記事を読んでいると、ときどき「いや、何でそうなる?」と言いたくなる話に出会う。
先日見かけたのは、誤振込をしてしまった女性の話だった。
間違った相手にお金を振り込んでしまい、慌てて夫に相談する。すると夫は、
「銀行に連絡すれば大丈夫だよ」
と答えたという。
ここまでは普通である。
問題はその次だ。
女性は掲示板でこう質問する。
「夫はこう言っていますが、本当でしょうか?」
いや、知らんがな。
夫を信用するかどうか以前に、今すぐ銀行に電話しろ。
誤振込なら、まず金融機関に連絡して組戻しが可能か確認する。それをせずに、見知らぬネット民を集めて夫の発言の真偽を審議している場合ではない。
最初は「世の中にはずいぶん呑気な人がいるものだ」と思った。
だが、しばらくして別の疑問が湧いてきた。
そもそも、この女性は本当に存在するのだろうか。
そう考えると、急に話が分かりやすくなる。
おそらく最初から書きたかったのは、「誤振込をした場合はどうすればいいのか」という解説記事なのだ。
銀行に連絡する。組戻しを依頼する。手数料がかかる場合がある。相手の同意が必要になる場合もある。
これだけでは記事として地味である。
そこで「実際に困っている人」を登場させる。
誤振込してしまった妻。
助言する夫。
それでも不安になってネットで相談する妻。
そして記事側が、
「旦那さんの言う通りです。まず銀行に相談しましょう」
と回答する。
これで「読者の悩みに寄り添う記事」の完成である。
ところが、ストーリーを後付けしたせいで、とんでもない人物が誕生した。
誤振込に気づき、夫から銀行に連絡しろと言われ、それでも銀行には連絡せず、まず掲示板を開いて夫が正しいか質問する女。
こんな人が実在すると考えるより、「組戻しを説明するために作られた設定」と考えた方がよほど自然である。
ネットには、こうした「体験談」が山ほど転がっている。
「夫にこう言われました」
「友人からこんなことを言われました」
「職場でこんなトラブルがありました」
読んでいて登場人物の行動が妙に不自然なら、その人物の知能を心配する前に、別の可能性を考えた方がいい。
その人、最初から存在していないのではないか。
私は最初、銀行より掲示板を優先する女性に呆れていた。
しかし考えてみれば、架空の人物に向かって「早く銀行に電話しろ」と心の中で叫んでいた私も、なかなか間抜けである。
そして、さらに腹立たしいことに、私はその違和感が気になって記事を最後まで読んでしまった。
つまり、記事を書いた側からすれば大成功である。
登場人物が実在する必要などない。話の辻褄が多少おかしくても構わない。読者が「こいつ馬鹿じゃないのか」と思って最後まで読めば、PVは一つ増える。
どうやらネット記事の世界では、話が破綻していても、読者が釣れれば組戻しは必要ないらしい。