「人を育てる=貧乏くじ」なのか?育てた若手ほど辞めていく会社のジレンマ

会社員時代、それなりの役職に就いていた時期があり、新人や若手の教育も担当していた。

仕事を教える。コードをレビューする。失敗すればフォローする。少し難しい仕事を任せて、またレビューする。

そうやって数年すると、右も左も分からなかった若手が、一人で仕事を回せるようになる。

こちらとしても嬉しい。

そして、なぜかその頃になると辞める。

独立したり、もっと条件のいい会社へ転職したりする。

「せっかく育てたのに」と思うのだが、あまり強くは言えない。

何を隠そう、私自身が高収入を求めて最初の会社を辞めたからである。

育ったからこそ、外へ出られる

IT業界では、この構造がかなり分かりやすい。

新人の頃は一人では大した仕事ができない。先輩が教え、レビューし、トラブルが起きれば尻拭いする。会社も給料以外に相当な教育コストを払っている。

数年たって、一人で設計や実装ができるようになると、本人にも市場が見えてくる。

求人サイトを見れば、自分より高い給料の募集が並んでいる。フリーランスの案件を見れば、さらに高い金額が書いてある。

そこで気づく。

「あれ、外に出たほうが稼げるのでは?」

困ったことに、その判断はかなり合理的である。

私も同じことを考えて出ていったので、「会社への恩を忘れたのか」と説教する資格はまったくない。

会社は一番おいしいところで回収できない

会社側から見ると、なかなか厳しい。

新人を採用しても、すぐ利益を生んでくれるわけではない。教育担当をつけ、簡単な仕事から経験させ、失敗のリスクも会社が負う。

最初の数年間は投資である。

本来なら、育った後に活躍してもらって回収したい。

ところが、ちょうど戦力になったところで、

「お世話になりました」

となる。

会社からすると、苗を買って、水をやって、肥料をやって、ようやく実がなった瞬間に隣の畑へ植え替えられるようなものである。

これを何度も経験すれば、「もう経験者だけ採用したい」と考えるのも無理はない。

給料を上げれば解決するほど簡単でもない

では、育った社員の給料を市場価格まで上げればいい。

理屈ではそうなるが、特に中小企業では簡単ではない。

新人時代から将来の市場価値を見越した給料を払うのは難しいし、一人だけ急激に上げれば既存社員とのバランスも崩れる。会社員の給与には教育期間や待機期間、営業、管理部門などのコストも乗っている。

一方、本人が見る数字はもっと単純だ。

「会社からもらえる金額」と「外へ出た場合の金額」である。

そこに大きな差があれば、転職や独立を考える。

これは忠誠心というより、構造の問題だ。

「会社が人を育てる」が成立しなくなる

私は今後、「未経験者を採用して、何年もかけて一人前にする」というモデルが厳しくなっていくと思っている。

かつては長期雇用を前提に教育へ投資できた。

しかし、その前提も崩れてきた。

転職は珍しくなくなり、会社側も終身雇用を保証してくれるわけではない。

会社が、

「長期的な視点であなたを育てます」

と言いながら、業績が悪くなれば人員整理する。

社員も、

「会社に育ててもらった恩があります」

と言いながら、条件のいい求人があれば転職する。

ある意味、とても公平になった。

お互いに忠誠心を期待しない労働市場で、教育投資だけ昔と同じように会社が背負うのは難しい。

私も貧乏くじを引かせた側だった

若手を育てて辞められると、「何のためにあれだけ教えたんだ」という徒労感が残る。

ただ、自分の経歴を振り返ると、あまり偉そうなことも言えない。

私だって会社員時代に多くの人から仕事を教えてもらい、経験を積んだ後、高い収入を求めて会社を辞めた。

つまり私は、若手に貧乏くじを引かされたと思っていたが、その前には誰かに同じ貧乏くじを引かせていた側でもある。

人材育成とは昔からそういうものだったのだろう。

違うのは、昔は会社に残る人が多く、育成にかけたコストをその後の活躍で回収しやすかったことだ。

人材の流動性が上がれば、その保証はなくなる。

A社が育てた人がB社で活躍し、B社が育てた人がC社へ移る。

人材は循環するが、育てた会社が報われるとは限らない。

社員が合理的に転職するほど、会社も合理的に教育投資へ慎重になる。

その結果、最後に残るのは、

「では、未経験者を誰が育てるのか?」

という問題である。

人を育てることが貧乏くじになれば、誰もそのくじを引きたがらなくなる。