猫猫でもロキソニンは作れない——一錠の薬から考える現代文明の正体
先日、日本の人気アニメ『薬屋のひとりごと』を取り上げたYouTube動画を見ていて、面白い話を知った。
この作品は、古代中国を思わせる架空の帝国の後宮を舞台に、薬師の少女・猫猫(マオマオ)が薬や毒の知識を使って事件を解決していく物語である。
動画で紹介されていたのが、
「もし猫猫に現代のロキソニンを渡したらどうなるのか」
という話だった。どうやら作者は薬剤師のようである。やたら薬に詳しい。
猫猫は薬草や毒に詳しく、自分の体で試すことすらある。
そんな猫猫がロキソニンを手にしたらどうなるのか。
猫猫ならロキソニンに驚くだろう
仮に添付文書も読めて、効能や副作用まで理解できたとする。
おそらく猫猫なら自分で試し、その効き目に驚くだろう。
成分量は一定。
錠剤の大きさも同じ。
品質にもほとんどばらつきがない。
薬師としては夢のような薬である。
だが、その次に絶望する。
「これ、どうやって作るんだ?」
成分を分析する装置がない。
化学合成する設備も、高純度の原料もない。
同じ品質の錠剤を大量生産する機械もない。
猫猫がどれほど天才でも関係ない。
ロキソニンは「優秀な薬師が頑張れば作れる薬」ではない。
現代文明一式がないと作れない薬なのである。
レシピを知っていても作れない
私たちは「知識があれば作れる」と考えがちだ。
だが現代製品の多くは、作り方を知っているだけでは作れない。
以前、AIとこんな話をしたことがある。
もし世界規模のゾンビパンデミックが起き、ニュージーランドだけが無傷で生き残ったらどうなるのか。
島国で食料生産力もある。人類が生存するにはかなり有利そうだ。
では、そこから現代文明を再建できるのか。
コンピューターも設計図も技術書も残っている。半導体の作り方も分かっている。
それなら半導体工場を作ればいい。
……とはならない。
半導体には高度な製造装置が必要になる。
その装置には精密部品が必要になる。
超高純度の化学薬品や特殊な素材もいる。
さらに工作機械、電力設備、物流も必要だ。
つまり、
「半導体の作り方を知っています」
だけでは全然足りない。
半導体を作る機械を作るための産業まで必要になる。
一つ遡れば、さらにその前の産業が必要になる。
そうやって辿っていけば、結局は世界中の産業につながってしまう。
現代文明とは、そういう化け物なのである。
ロキソニン一錠の中に文明が入っている
薬局でもらう一錠の薬も、ポケットのスマートフォンも、完成品だけ見れば小さい。
しかし、その背後には原料メーカー、化学会社、製薬会社、機械メーカー、物流会社、電力会社、研究者、技術者など、途方もない数の人間がいる。
しかも、その誰一人として全体を作れない。
半導体技術者にロキソニンは作れない。
薬剤師に半導体製造装置は作れない。
みんな自分の担当部分だけを知っている。
それでも全体として薬やスマートフォンが完成する。
これが現代文明なのだろう。
現代人は賢くなったのか
私たちは昔の人間より圧倒的に便利な生活をしている。
頭が痛ければ薬を飲み、分からないことがあればスマートフォンで調べる。
だから、なんとなく自分たちが昔の人より賢くなったような気になる。
だが猫猫の前に現代人を一人送り込んで、
「ではロキソニンを作ってください」
と言われても、おそらく何もできない。
スマートフォンも作れない。エアコンも作れない。電池一本まともに作れないかもしれない。
私たちが高度なのではない。
私たちが乗っているシステムが高度なのである。
現代人は万能になったわけではない。
一人では何もできない代わりに、世界中の知らない人間と分業することで、何でもできるようになった。
ロキソニン一錠は、その巨大な仕組みを数十円で買って飲み込んでいるようなものなのだ。