「その一言」を言わなくなった

以前のプロジェクトで、若いエンジニアから作業依頼が来たことがある。

送られてきたのはMarkdownファイル。見るからにAIに作らせたものだった。

別にそれ自体はいい。私もAIは毎日使っているし、仕事が進むなら何の問題もない。

ただ、中身を見ると少し変だった。

私への依頼だけでなく、どう見ても別の担当者向けの作業まで混ざっている。

さらに読んでいて、ふと思った。

「これ、本人は内容をちゃんと理解して投げているのだろうか」

昔の私なら、おそらく言っていた。

「他の人への依頼も混ざってるよ。あと、AIが作った内容をちゃんと理解してから投げたほうがいいよ」

だが今回は言わなかった。

返したのは、だいたいこんな内容だった。

「私宛ての依頼のみ対応します。今後は対象者ごとに分けて送ってください。Markdown形式については承知しました」

以上。

本人が内容を理解しているかどうかには触れなかった。

事実だけ伝えればいい

考えてみると、今回、私に直接関係する事実は単純だ。

私以外への依頼が混ざっている。

だから分けてほしい。

それだけである。

一方、

「こんな雑な依頼の仕方で大丈夫なのか」

「AIの出力をそのまま投げていないか」

というのは私の感想だ。

私は彼の上司でも教育担当でもない。そもそも所属する会社も違う。ならば、AIの出力をどこまで理解しているかは、基本的には彼の問題である。

昔なら「一言教えてあげるのが親切」と考えていた。

今は、その一言を言うにも何らかの理由がいるのである。

正しいことを全部言う必要はない

仕事では、こちらがアドバイスのつもりでも、相手には余計なお世話かもしれない。

「ちゃんと理解してる?」

という一言も、こちらは確認のつもりでも、相手には「お前は何も分かっていない」と聞こえることがある。

特にリモートワークでは文字だけが残る。表情も声の調子もない。

だったら、仕事を進めるために必要なことだけ書けばいい。

他人のタスクが混ざっているから、私の分だけ送ってほしい。

これは伝える。

「その仕事のやり方、どうなの?」

これは言わない。

昔は会社が違っても、机を並べることも多く、お昼や夕飯を一緒に食べにいくこともあった。

なので自然と人間関係ができてくる。そんな関係値があれば一言アドバイスも良いだろう。

しかし今はリモートワークで相手の顔も知らないケースすらある。

余計なことは言わないことが最適解になるのだ。

AI時代には、さらに増えそうだ

AIが仕事に入ってくると、こういう場面はもっと増えると思う。

AIに仕様を書かせる。メールを書かせる。タスクを整理させる。そして、その出力を人間から人間へ渡す。

受け取った側には、

「これ、本人は本当に分かっているのか?」

と思う場面が当然出てくる。

だが、そこで毎回相手の理解度まで確認し始めたら、こちらの仕事が増えるだけだ。

自分に必要な情報が足りなければ聞く。

余計な情報が混ざっていれば分けてもらう。

間違っていれば指摘する。

そこから先は相手の課題だ。

仕事では、正しいことを全部言う必要はない。

昔の私は「その一言」を付け加えるのが親切だと思っていた。

今の私は、その一言を呑み込めることも、仕事の技術の一つだと思っている。

そして少し皮肉なのは、AIが人間らしい文章を書けるようになる一方で、人間同士の仕事の会話はどんどん機械的になっていることだ。

余計な感情を削り、必要な事実だけを入力し、必要な結果だけを返す。

そのうちAIのほうが、よほど人間味のある返事をするようになるのかもしれない。