「読めない英語は聞き取れない」――LLMの仕組みから考える、リスニングと速読の意外な関係

英語を勉強していると、

「リスニングを伸ばしたければ、とにかく英語を聞け」

と言われる。

ただ、私は英語学習を続けてきて、むしろ読む速度のほうがリスニング力を大きく左右していると感じている。

考えてみれば当たり前の話でもある。

文字で読んでも5秒かかる英文が、音声では2秒で通過する。

それをリアルタイムで理解できるわけがない。

耳が悪いのではない。

脳の英語処理が間に合っていないのである。

読んで分からない英文は、聞いても分からない

例えば英文を文字で見て、

「このwhichは何を受けているんだ?」

「このgetはどういう意味だ?」

と考えている状態を想像してほしい。

音声は待ってくれない。

こちらがwhichについて考えている間にも、話者は次のセンテンスへ進んでいる。

当然、置いていかれる。

だからリスニング以前に必要なのは、

英文を見た瞬間に、前から意味を取っていく能力

である。

日本語に訳してから理解している暇もない。

英語を英語の語順のまま処理していく。

これはリーディングでもリスニングでも同じである。

違うのは、リーディングなら自分のペースで止まれるのに対して、リスニングでは相手が強制的に速度を決めることだ。

言ってみればリスニングとは、強制スクロールされるリーディングでもある。

だからリスニングが伸びないときに、リスニング教材だけをひたすら繰り返すのは遠回りだと思う。

リスニングの正体は「予測」でもある

もう一つ重要なのが「予測」である。

これは最近の生成AI、特にLLMの仕組みを考えると分かりやすい。

ChatGPTのようなLLMは、それまでに与えられた文章を条件にして、次にどんな言葉が来る確率が高いかを計算しながら文章を生成している。

例えば、

「吾輩は猫である。名前は」

まで入力する。

これは日本の文豪・夏目漱石の小説『吾輩は猫である』の非常に有名な冒頭で、実際には、

「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」

と続く。

そのため、この文章を大量の学習データの中で知っているLLMなら、「名前は」の次に「まだ」が来る確率は非常に高くなる。

何もないところから「まだ」という単語を選んでいるわけではない。

それまでに与えられた文脈によって、次に来る言葉の確率が大きく変わる。

英語を聞いている人間も、これに似たことをやっている。

“If I were you …”

と聞けば、その後には “I would …” のような内容が来る可能性が高い。

“On the other hand …”

と来れば、それまでとは別の側面や対比が来る。

“I’m looking forward to …”

まで来れば、その後に何が来るかは分からなくても、文の形はかなり限定される。

英語に大量に触れている人ほど、

「この表現の後には、こういう言葉が来やすい」

「この話の流れなら、次はこう展開する」

というパターンを大量に持っている。

だから一語一語をゼロから解析する必要がない。

聞こえてきた英語を処理しながら、同時に次の英語を予測している。

ネイティブの速い英語についていける理由の一つは、この予測が働いているからだ。

私はこれを、自分の頭の中に小さな「英語LLM」を作るようなものだと考えている。

その「英語LLM」をどう育てるのか

そこで重要になるのが、大量の速読である。

同じリスニング教材を何十回も聞けば、その教材は聞き取れるようになる。

しかし、それだけではその文章に詳しくなっているだけである。

頭の中の「英語LLM」を育てるには、もっと大量の違う英文を入れなければならない。

ニュースを読む。

小説を読む。

ブログを読む。

英語の記事を読む。

大量に読めば、英語の組み合わせが蓄積される。

速く読めば、その組み合わせを処理する速度が上がる。

その結果、

“If it were not for …”

を聞いたときに、

「ifが来て、wereが来て、これは仮定法で……」

と頭の中で文法解析する必要がなくなる。

ひとかたまりとして意味が入ってくる。

そして、その先に何が来るのかまである程度予測できる。

これがリスニングの処理速度を上げる。

つまり速読は、単に英文を速く読むための練習ではない。

大量の英文を高速で処理することで、頭の中の「次に何が来るか」という予測モデルを鍛えるトレーニングでもある。

それでも「耳」の練習は必要

ここは別の問題として残る。

英語には、日本語話者には聞き取りにくい音がある。

単語同士がつながる。

音が弱くなる。

消える。

“Did you” が教科書通り一語ずつ発音されるわけでもない。

ここは実際に音声を聞かなければ身につかない。

だから私が言いたいのは、リスニング練習をやめろということではない。

読んでも処理できない英文を、耳だけで何十回聞いても意味がないということだ。

まず読める。

しかも速く読める。

そのうえで、

「この知っている表現は、実際にはこう聞こえるのか」

と音を結びつける。

この順番のほうが効率がいい。

リスニングで困っているのは、本当に「耳」なのか

英語が聞き取れないと、つい、

「もっと英語を聞かなければ」

と思う。

しかし、一度スクリプトを見てみるといい。

音声なしで読んでも理解に時間がかかるなら、問題は耳ではない。

読む段階ですでに処理が追いついていない。

逆に、スクリプトなら一瞬で理解できるのに音声では分からないなら、そこで初めて音の問題になる。

この切り分けは、ITの障害調査と少し似ている。

画面にエラーが出たからといって、画面だけ直しても仕方がない。

ボトルネックが別の場所にあるなら、そこを直す必要がある。

リスニングだから耳を鍛える。

一見すると分かりやすい。

しかし、ボトルネックが英語そのものの処理速度なら、鍛える場所が違う。

私自身、英語学習を続けてきて、結局ここに戻ってきた。

聞きたければ、まず速く読め。

英語を聞くために、いったんイヤホンを外して英文を読む。

一見すると逆方向に進んでいるようで、実はそれが近道だったりするのである。