フランスでは最初の一言をフランス語で――海外の「面倒くさい店員」を動かす方法が面白い
先日、日本の空港を舞台にしたドキュメンタリー番組を見ていて、面白い場面があった。
急きょ、到着先のパイロットや客室乗務員の宿泊先を確保しなければならなくなった。
場所はパリ
ネットで調べるとホテルには空室がある。
そこで電話をかける。
英語で話す。
切られる。
もう一度かける。
また切られる。
3回くらい挑戦しても駄目だった。
そこでベテランのスタッフが、
「最初だけフランス語で話してみよう」
と言い出した。
完璧なフランス語で交渉するわけではない。
最初の挨拶と出だしだけフランス語で話し、そこから徐々に英語へ切り替える。
すると、それまであれほど冷たく電話を切られていたのに、今度は普通に話を聞いてくれた。
そして予約まで取れてしまった。
なんともフランスらしい。
フランス人の自国語へのプライドという話はよく聞くが、ここまで露骨だと思わず笑ってしまう。
しかし同時に、日本人が海外へ行くときに覚えておいたほうがいい話でもあると思った。
正しいことを言えば相手が動くとは限らない。相手が「対応してもいい」と思う状態を作らなければならない。
中国では「外国人だから面倒」で断られる
似たような話を、中国を旅行した日本人の動画でも見たことがある。
ホテルを予約しようとしたところ、外国人だからという理由で断られた。
反日感情で日本人だけを拒否しているわけではない。
外国人だと手続きが面倒。
言葉が通じない。
何かトラブルが起きたら対応しなければならない。
だから、
「外国人は泊めない」
で終わらせる。
日本人の感覚からすると、
「いや、空室があるなら客を入れれば売上になるだろう」
と思う。
オーナーからすれば、その通りである。
しかし電話を受けているスタッフに、その売上が直接入るわけではない。
外国人客を一人泊めれば、ホテルは儲かる。
一方、現場スタッフの仕事は増える。
だったら断ってしまおう。
経営者から見れば困った話だが、現場の人間から見れば妙に合理的である。
ここに日本との大きな違いを感じる。
日本では「会社の都合」で動くことを求められる
日本のサービス業では、
「自分には面倒だから客を断る」
という行動はかなり取りにくい。
会社の客なのだから対応する。
店の売上になるのだから対応する。
自分の給料が直接増えなくても対応する。
良くも悪くも、日本では「組織の利益のために働く」という感覚が強い。
だから客側も、
「店が開いている以上、一定のサービスは受けられる」
という前提を持っている。
海外へ行くと、この前提が崩れることがある。
会社としては客が欲しい。
オーナーとしても売上が欲しい。
しかし、目の前にいるスタッフ本人は、
「私は別にそこまで頑張りたくない」
と思っている。
この三者の利害が一致していない。
そこで必要になるのが、目の前の人間を直接動かすインセンティブである。
そう考えると、チップはよくできている
ここでチップという仕組みを見ると、少し印象が変わる。
日本人からするとチップは面倒である。
料理代を払っている。
サービス料も取られている。
なのになぜ、さらに店員へ金を渡さなければならないのか。
二重取りにしか見えない。
しかし、
「会社の利益だけでは、目の前のスタッフを動かす理由にならない」
という前提に立つと、チップには別の意味が見えてくる。
面倒な注文に対応してほしい。
荷物を運んでほしい。
少し融通を利かせてほしい。
そんなとき、
「ちゃんと対応してくれたら、あなた自身にも直接お金が入りますよ」
という仕組みになっている。
会社の売上ではない。
自分の財布に入る。
これは強い。
フランスのホテルで最初だけフランス語を使ったのも、構造としては少し似ている。
相手が動く理由をこちらから作っている。
人間は正論だけでは動かない。
「この人のためなら少し対応してもいい」と思わせる何かが必要になる。
それが礼儀だったり、現地語だったり、そして場合によってはチップだったりする。
ところが「インセンティブ」は簡単に「義務」になる
問題はここからである。
チップは本来、サービスに対する追加の報酬だからこそ意味がある。
ところがチップ文化が定着すると、
「良いサービスをしてくれたから払う」
から、
「払うのが当然」
へ変わっていく。
アメリカのチップ文化についての動画などを見ていると、この不満はかなり強い。
セルフサービスに近い店でもチップを要求される。
端末に20%、25%、30%と表示される。
何も特別なことをしてもらっていないのに、払わない側がケチな人間のような空気になる。
こうなると、インセンティブとしてはかなり奇妙である。
追加サービスへの報酬だったはずなのに、先に支払いが義務化されている。
「頑張ったらチップがもらえる」から、「チップを払わないならまともにサービスしない」へ主客が逆転する。
人間は制度に慣れる。
そして慣れると、それを権利だと思い始める。
これはチップに限った話ではない。
最初は何かをうまく回すために作られた仕組みでも、長く続けば「あるのが当然」になる。
そして、なくそうとすると怒る人が出てくる。
海外旅行では「正しい客」であるだけでは足りない
パリのホテルの話に戻る。
英語で電話している側は何も間違っていない。
ホテルには空室がある。
こちらは金を払う。
英語も国際的には普通に使われる。
理屈だけなら、これで十分である。
しかし現実には電話を切られた。
そして最初に少しフランス語を使っただけで、相手の態度が変わった。
理不尽と言えば理不尽である。
だが海外では、こういう「理屈では説明できない現場の壁」にぶつかることがある。
そこで、
「こちらは客だぞ」
と怒っても仕方がない。
相手を変えるより、相手が動くスイッチを探したほうが早い。
フランスなら最初の一言をフランス語にする。
別の国なら笑顔かもしれない。
そしてチップ文化の国なら、数ドル札かもしれない。
郷に入っては郷に従え、とはよく言ったものである。
ただ、日本へ帰ってきてコンビニに入ると、外国人店員が普通に日本語で対応してくれる。
私はチップを払わない。
それでも袋が必要か聞いてくれるし、箸まで付けてくれる。
そう考えると、日本のサービスはやはり相当に特殊なのだと思う。
もっとも、それを「無料で当然」と思い始めた瞬間、今度は日本人のほうがチップを当然と思うアメリカ人と同じになる。