『未知との遭遇』は現代の「モーゼの十戒」か?――UFO番組の復活とアメリカの神話信仰
先日、久しぶりにテレビでUFO特番を見かけた。
昔はUFOや心霊現象などのオカルト番組がテレビの定番だった。しかし、オカルトやカルトに関連する事件が相次いだこともあり、テレビ局もコンプライアンスを意識して、この手の番組を次第に自粛するようになった。
ところが今回の番組では、「アメリカ政府や国防総省もUFO、現在の呼び方ではUAPを問題として扱っている」という話が何度も強調されていた。
なるほど、これならテレビでも扱いやすい。
昔のように「宇宙人は本当にいるのか!」だけでは怪しいが、「アメリカ政府も調査している」と付ければ一気にニュースっぽくなる。
テレビ局も本当はこういう番組をやりたかったのではないか。「アメリカ政府」という強力な大義名分を手に入れて、UFO番組が地上波に帰ってきた。
私はUFOそのものより、そちらのほうが少し面白かった。
『未知との遭遇』は「モーゼの十戒」である
アメリカ政府がUFO調査をしていると言えば、昔聞いた映画評論家の話を思い出す。
スティーヴン・スピルバーグの『未知との遭遇』について、その評論家は、
「あれは現代版の『モーゼの十戒』だ」
と評していた。
旧約聖書では、モーゼがシナイ山に登り、神から十戒を授かる。人間を超えた存在が現れ、選ばれた人間にメッセージを与える。
『未知との遭遇』のクライマックスも構造はよく似ている。巨大な宇宙船が山頂に降りてきて、人類は自分たちよりはるかに進んだ存在と接触する。
神を宇宙人に、奇跡を超科学に置き換えれば、確かに現代の宗教画に見えてくる。
これがスピルバーグ自身の意図だったかどうかは別の話だ。映画批評は作者の正解を当てるクイズではない。
ただ、この見方は妙にしっくりくる。
なぜ宇宙人はアメリカに来るのか
さらに気になるのが、宇宙人はやたらとアメリカに来ることだ。
UFOが墜落するのもアメリカ。政府が宇宙人を隠しているのもアメリカ。秘密基地で研究しているのもアメリカ。異星人から未知のテクノロジーを授かったという話まである。
宇宙はあれほど広いのに、地球に来た途端、ずいぶんアメリカ贔屓である。
ここに「モーゼの十戒」という見方を重ねると、
「宇宙人がアメリカを訪れる」=「神がアメリカを選ぶ」
という構図が見えてくる。
選ばれたアメリカは、人類で最初に真実を知り、特別な知識や技術を授けられる。
宇宙人の話なのに、物語の骨格はずいぶん古い。
フロンティアの次は宇宙だった
アメリカには、自国を特別な使命を持つ国家として語る伝統がある。
西へ進んで大陸を開拓するフロンティア。そして20世紀になると、そのフロンティアは宇宙へ移った。
西部劇の荒野がなくなれば、次は宇宙である。
そう考えると、冷戦期から続くUFO陰謀論も少し違って見える。
「政府は宇宙人の存在を隠している」
「宇宙人から高度な技術を提供された」
「秘密基地で異星人を研究している」
物語として見れば非常に古典的だ。
神が現れ、選ばれた者だけが接触し、特別な知識を授けられる。そして、その真実は一般人には隠されている。
神殿が秘密基地になり、神官が政府高官になり、奇跡が反重力技術になっただけである。
UFOは20世紀の神話だったのかもしれない
昔の人が雷や星を見て神話を作ったように、20世紀の人たちは飛行機、ロケット、核兵器、宇宙開発を見ながら新しい神話を作った。
その登場人物が宇宙人だった。
だからUFOの話には科学用語が大量に出てくるのに、物語の骨格は驚くほど宗教的である。
そして今、そのUFOが「UAP」という少し立派な名前になり、アメリカ政府が調査対象として扱ったことで、再びテレビに戻ってきた。
考えてみれば、これは少し面白い。
昔の神話では、神の言葉を本物だと認めるために神官の権威が必要だった。
現代では、それがアメリカ政府になった。
テレビ局も「宇宙人がいるかもしれません」だけでは放送しづらい。しかし、
「アメリカ国防総省も調べています」
と付けば、急に扱いやすくなる。
名前が変わり、国防総省が調査し、議会まで話題にするようになった。
宇宙人が進化したのかどうかは分からないが、UFO番組のコンプライアンス対応だけは確実に進化した。