日本経済は本当に悪いのか?寿司を諦めて牛丼を食べながら考えたこと

「日本はもう終わりだ」

ネットを見れば、そんな言葉はいくらでも流れてくる。

一方で、経済評論家の話を聞くと、少し違う景色も見えてくる。

現在の円安は、日本経済が崩壊したからというより、アメリカとの金利差による影響が大きいという見方が一般的だ。

企業業績も決して悪くない。

輸出企業を中心に過去最高益を更新している企業も多く、株価も高水準を維持している。

海外の機関投資家も、日本株を買い越している。

彼らも仕事で投資している以上、本当に日本経済が終わると思っているなら、日本株など買わないだろう。

つまり、マクロ経済だけを見れば、「日本は思われているほど悪くない」という説明にも十分な根拠がある。

ところが、生活者としての実感はまるで違う。

先日、昼飯に久しぶりに寿司でも食べようと思った。

店の前まで行き、メニューを見た。

思わず立ち止まった。

「あれ?こんなに高かったっけ?」

記憶の中では千円台だったランチが、気が付けば一・五倍、店によっては二倍近い値段になっている。

しばらくメニューを眺めたあと、静かに踵を返した。

数分後には、近くの牛丼屋で牛丼を食べていた。

牛丼が嫌いなわけではない。

ただ、その日は寿司を食べるつもりだった。

それでも、「今日はやめておこう」と無意識に判断した自分がいた。

こういう小さな出来事が、「景気はいいらしいけど、生活は苦しい」という感覚を生むのだと思う。

ここで面白いのは、経済学でも「景気」と「景況感」は別物として扱われることが多い点だ。

GDPが伸びても、企業利益が増えても、人々が豊かになったと感じるとは限らない。

行動経済学には「損失回避」という考え方がある。

人間は、給料が上がる喜びよりも、値上げによる損失の方を何倍も強く感じる傾向があるというものだ。

例えば給料が一万円上がっても、それほど幸福感は続かない。

ところが、毎日の買い物で「また値上がりしている」と感じるストレスは何度も積み重なる。

だから統計上は所得が増えていても、「生活が苦しくなった」と感じる人が増えることは、心理学的にもそれほど不思議ではない。

もう一つある。

企業が過去最高益を出したからといって、その利益が翌月から給料になるわけではない。

設備投資に回ることもあれば、株主への配当に使われることもある。

そして、収入がすぐ増える人ばかりではない。

大企業の社員なら、ボーナスや春闘の賃上げという形で比較的早く恩恵を受けられる人もいるだろう。

しかし、年金生活者の年金が明日から増えるわけではない。

私のような長期契約のフリーランスも同じだ。

契約期間中に「物価が上がったので来月から単価を上げてください」とは、なかなか言えない。

次の契約更新まで待つしかないことも珍しくない。

つまり、物価だけは今日から上がるのに、収入は半年後、一年後、あるいはそれ以上遅れてしか増えない人が大勢いるのである。

輸出企業が円安で利益を伸ばしても、その恩恵が昼飯代まで降りてくるには時間がかかる。

だから株価が上がっているのに、ランチ代を気にする人が増えるという、一見矛盾した状況が生まれる。

私ですら寿司をためらう。

では、若い世代や最低賃金に近い収入で生活している人たちは、この物価高をどう乗り切っているのだろう。

ニュースでは「企業最高益」「賃上げ率〇%」という数字が並ぶ。

それも事実だ。

一方で、スーパーや飲食店の値札を見てため息をつく人が増えているのも事実である。

結局、「日本経済は良いのか、悪いのか」という問い自体が少し雑なのかもしれない。

マクロ経済は好調。

企業業績も好調。

株価も高い。

たぶん全部本当なのだろう。

ただ、その日私が食べたのは寿司ではなく牛丼だった。

私にとっての景気は、それがすべてである。