天皇は「尊敬の対象」か、それとも「アイドル」か?――女子高生の歓声と明治が作った天皇像
先日、YouTubeで興味深い動画を見た。
女子高生たちが天皇をスマートフォンで撮影し、「マジやばい!」と大興奮している。まるで人気アイドルに遭遇したかのような騒ぎ方である。
これに対して、一部の保守系の人々から「不敬だ」「天皇陛下に対する態度ではない」といった批判が上がったらしい。
しかし、私はむしろ逆の感想を持った。
天皇を見て素直に喜ぶ女子高生の姿こそ、本来の日本人と天皇の関係に近いのではないか。
天皇は昔から「近寄りがたい神様」だったのか
日本の歴史を振り返ると、天皇は長い間、政治の実権から離れた存在だった。
鎌倉時代以降、実際に政治を動かしていたのは武家政権である。天皇は政治的な権力よりも、伝統的な権威を担う存在として存続してきた。
もちろん、庶民が天皇と気軽に交流していたわけではない。しかし、天皇への敬意が、常に現在のような厳粛な形式で表現されていたわけでもない。
京都では天皇を親しみを込めて「天皇さん」と呼ぶ文化もある。
「さん」というのは、普通に誰にでも使われる敬称である。ちなみに天皇には「陛下」という敬称が使われるが、これは英語のMajestyに対応した言葉になる。
そこには、遠い存在への敬意と同時に、どこか身近な存在として受け止める感覚がある。
天皇に対する尊敬と親しみは、本来、矛盾するものではない。
天皇を国家の中心に据えた明治政府
この関係を大きく変えたのが明治維新だった。
明治政府は、幕藩体制を解体し、中央集権的な近代国家を建設しようとした。
その際、国民統合の中心に据えられたのが天皇である。
旧来の藩や身分を超えて、人々を一つの国家にまとめる。そのためには、誰もが認める権威が必要だった。
当時の日本に、現在のような民主主義や国民主権の考え方が広く浸透していたわけではない。
そこで明治政府は、長い歴史を持つ天皇の権威を利用した。
そして、教育や国家儀礼を通じて、天皇への忠誠を国民に求める体制を整えていった。
天皇の神聖性という考え方自体は古くから存在する。しかし、それを近代国家の統治制度や国民教育と結びつけ、全国民に徹底したのが明治以降の国家体制だった。
「天皇のために死ね」という思想
この仕組みは、やがて軍国主義とも結びついていく。
「天皇のために戦え」 「天皇のために命を捧げよ」
国家への忠誠と天皇への忠誠が一体化し、戦争で命を落とすことさえ美徳として語られるようになった。
ここで考えたいのは、天皇を尊敬することと、天皇を絶対視することは、まったく別の話だという点である。
尊敬は個人の感情だが、絶対視は他人にも同じ態度を要求する。
そして、絶対的な権威が生まれると、必ず「正しい敬い方」を他人に強制する人間が現れる。
今回、女子高生の歓声を「不敬だ」と批判した人々の姿に、私はその名残を感じた。
女子高生の方が、よほど自然ではないか
そもそも、天皇を見かけて「すごい!」と喜ぶことの何が問題なのだろう。
彼女たちは天皇を侮辱したわけではない。むしろ、滅多に会えない特別な存在として、素直に興奮していたのである。
アイドルに歓声を上げることと、天皇に敬意を抱くことは、必ずしも対立しない。
むしろ、天皇を見たら厳粛な顔をしなければならない、軽々しく歓声を上げてはいけない、という発想の方が、明治以降に制度化された天皇観を引きずっているように見える。
現在の天皇は、日本国憲法の下で「日本国及び日本国民統合の象徴」とされている。
そこに、国民が一律に敬意を示さなければならないという義務はない。
尊敬する人がいてもいい。親しみを感じる人がいてもいい。特別な感情を持たない人がいてもいい。
それが現代の日本である。
天皇を見て「マジやばい!」と喜ぶ女子高生と、それを見て「不敬だ!」と怒る大人たち。
どちらが戦前の価値観から自由なのか。
少なくとも、女子高生たちは天皇に会えて喜んでいる。
一方、大人たちは天皇に会えたわけでもないのに、他人の喜び方を監視して怒っている。
天皇を敬うことよりも、天皇の敬い方を取り締まることに熱心な人々。
どうやら彼らが本当に守りたいのは、天皇ではなく、自分たちの考える「正しい天皇像」らしい。