「なるほど」と思っていたのに全部広告に見えた――ポジショントークの恐ろしさ

先日、ある経済評論家の動画を観ていた。

テーマは世界経済と自動車産業のこれから。

ドイツはEVへの急速なシフトで苦戦している。一方、トヨタはEVだけに賭けず、ハイブリッドなど複数の選択肢を残す「マルチパスウェイ」戦略を取ってきた。他の大企業が過去の成功体験から抜け出せない中、トヨタは巨大企業になっても社内からイノベーションを生み出している——。

なかなか面白い。

トヨタ礼賛が多少強い気はしたが、データも出てくるし、話には筋が通っている。

「なるほど。そういう見方もあるのか」

かなり引き込まれて観ていた。

ところが中盤を過ぎたあたりで、評論家が何気なく言った。

「私もいろんな企業さんに、トヨタ式の社内改革をお手伝いしているんですが——」

あ。

そういうことか。

急に全部が広告に見えた。

「トヨタはすごい」の先に商品が置いてあった

トヨタを評価することがおかしいわけではない。EV一辺倒にならずハイブリッドを残した戦略を評価する議論にも、十分な根拠がある。

問題は、

「トヨタは強い」 「その秘密は社内改革にある」 「他社にもそれが必要だ」

と積み上げた最後に、

「ちなみに、その改革を私が提供しています」

と来たことである。

見事な導線だ。

解説動画ではなく、マーケティングファネルだったのか。

そう気づいた瞬間、それまでの話を頭の中で巻き戻してしまう。

ドイツの失敗を強調したのも、この結論に持ってくるためだったのか。他の日本企業を「過去の成功体験から抜け出せない」と評したのも、「だから改革コンサルが必要です」につなげるためだったのか。

提示されたデータが突然ウソになるわけではない。

しかし、データの選び方を見る目は変わる。

ポジショントークは、ウソをつかなくても作れる

ここが厄介である。

ポジショントークをするために、ウソをつく必要はない。

自分に有利な事実を10個集め、不利な事実を出さなければいい。全部本当だからこそ説得力もある。

トヨタの成功事例を並べれば、トヨタ式経営の素晴らしさはいくらでも説明できる。その手法が他社でも再現できるのかという話を外せば、結論はさらに美しくなる。

そして最後に、

「トヨタ式改革、私がお手伝いできます」

と置けば完成である。

「説得力がある」と「信用できる」は別だ

面白いのは、評論家がコンサルをしていると知る前と後で、話の内容自体は何も変わっていないことだ。

変わったのは、私の聞き方だった。

それまでは、

「この人は自動車産業を分析して、こういう結論になったんだな」

と聞いていた。

それが一瞬で、

「この人は自分の商品を売っている。そのために、どの材料を選んだのだろう」

に変わった。

説得力はデータや論理で作れる。しかし信用には、「なぜこの人がこれを言っているのか」まで含まれる。

そしてこれは他人事でもない。

クラウドに詳しい人はクラウドを勧める。AIコンサルは「これからはAIだ」と言う。SEO会社は「SEOはまだ重要だ」と言う。

誰も、

「いろいろ調べましたが、御社には特に何も必要ありません」

とは言いたがらない。

それを言った瞬間、自分の仕事がなくなるからである。

だからポジショントーク自体はなくならない。

一番冷めるのは、それを隠したまま「客観的な分析です」という顔をされることだ。

通販番組なら最初から通販番組だと分かっている。

「この包丁、すごいですねえ!」

と言われても腹は立たない。包丁を売っている番組だからだ。

問題は、世界経済の解説だと思って20分観ていたら、最後に包丁が出てくることである。

どれだけ素晴らしい分析でも、「だから私を買ってください」が見えた瞬間、それまでの20分まで広告に見える。

広告なら広告でいい。

せめて最初に言ってくれ。

こちらも最初から、そのつもりで観るから。