たった5日で英語が「外国語」に戻った──連休明けに感じた第二言語の壁
5連休が終わった。
旅行にも行ったし、かなり遊んだ。その話はまた別の記事で書くとして、今日から仕事である。
パソコンの前に座ってみたものの、まったくエンジンがかからない。
まあ、これは想定内だった。
では、本業の前にブログを書こうと思ったがまったく英語がわからない。
普段はオンライン英会話をやり、英語の記事や動画にも触れている。しかし、この5日間は英語からほぼ完全に離れていた。
久しぶりに英語を書き始めた瞬間、
「こんなに難しかった?」
と思った。
もちろん5日間で英語力が消滅したわけではない。聞けば分かるし、使っていればそのうち戻る。
それでも心理的な距離が明らかに違う。
連休前まで日常の一部だった英語が、突然「外国語」に戻っていた。
第二言語にはスイッチがある
ここで改めて感じたのが、第一言語と第二言語の違いである。
日本語なら5日間どころか、何日だらけていても問題ない。
寝転がってテレビを見ていても日本語は勝手に頭へ入ってくる。疲れていても、酔っていても、日本語を理解するために「よし、日本語を聞くぞ」と気合を入れる必要はない。
英語はまだそこまで行っていない。
英語の動画を見る。英語の記事を読む。オンライン英会話で話す。
始めてしまえば楽しめるのだが、その前に小さなスイッチを入れる必要がある。
普段は毎日やっているから、そのスイッチの存在を忘れている。
ところが5日間完全に休むと、再びスイッチの重さが見えてくる。
英語が難しくなったのではない。
英語モードに入ることが面倒になったのである。
人間は「楽」には恐ろしく速く適応する
考えてみれば、これは英語だけの話でもない。
仕事も同じだ。
普段は朝になればパソコンを開いて、コードを書いたり文章を書いたりしている。それを特別なことだとは思わない。
ところが5日間遊んで暮らすと、パソコンを開くこと自体が面倒になる。
たった5日である。
何年も続けてきた習慣より、5日間の怠惰のほうが強い。
人間の適応能力は素晴らしいと言われるが、どうも適応する方向には偏りがあるらしい。
毎日英語を勉強する生活に慣れるには時間がかかる。
毎日仕事をする生活に慣れるのにも時間がかかる。
しかし、
「英語をやらない」
「仕事をしない」
「朝から遊ぶ」
こちらには驚くほど速く適応する。
英語が本当に日常になる日は来るのか
おそらく今日、少し英語に触れていれば、明日か明後日には元に戻る。
だから別に深刻な話ではない。
ただ、今回の5日間で、自分にとって英語はまだ完全な「日常」ではないことがよく分かった。
かなり使えるようになった。英語の記事も読めるし、会話もできる。
それでも日本語とは違う。
どこかに小さなスイッチがあり、それを入れて初めて英語の世界に入る。
いつか英語も、日本語と同じように寝転がったまま何の準備もなく楽しめるようになるのだろうか。
そこまで行けば、本当に第二言語を身につけたと言えるのかもしれない。
とりあえず今日は、その境地について考える前に溜まっている仕事をしなければならない。
英語が遠くなったのではない。私のほうが、ものすごい勢いで日本語だけの世界へ帰っていた。