「世界進出」に逃げる日本のドラマ――面白くない作品は世界に出ても面白くない
先日、テレビ評論家のYouTube動画を観ていて、面白い指摘があった。
日本の一流女優と韓国の人気俳優が共演する恋愛ドラマが、鳴り物入りで放送されたものの、初回から視聴率が振るわなかったという。電車の中吊り広告などでも大々的に宣伝されていた作品だ。
さらに、日本、韓国、台湾、タイなどが協力して制作した別の局ドラマも、期待ほどの話題にはならなかったらしい。
どちらも最初から世界配信を強く意識した作品だ。
これについて評論家は、実に身も蓋もないことを言っていた。
「日本国内で面白いドラマを作れないのに、世界と組めば面白いものができるという発想がおかしい」
なるほど、その通りだと思った。
世界と組めば面白くなるという幻想
日本のテレビ業界が海外市場を狙う理由は理解できる。
少子高齢化で国内市場が縮小する中、世界中に売れる作品を作りたい。ビジネスとしては合理的だ。
しかし、市場を広げることと、作品が面白くなることは別問題である。
韓国の人気俳優を起用しても、海外の制作会社と組んでも、脚本がつまらなければどうにもならない。
むしろ、各国の視聴者に配慮するあまり、誰にも嫌われないが誰の心にも残らない作品が出来上がる危険すらある。
アニメやゲームはどうなのか
ここで対照的なのが、日本の漫画やアニメ、ゲームだ。
漫画の世界には、漫画家を目指す大勢の若者がいて、出版社の厳しい競争があり、読者による容赦のない評価がある。
そうした土壌から面白い作品が生まれ、国内で人気を獲得した作品が、結果的に世界でも受け入れられる。
ゲームも同様だ。海外市場を意識することはあっても、世界で売れる最大の理由は、結局ゲームそのものが面白いからである。
世界進出が成功の原因なのではなく、面白い作品だから世界でも売れる。
この順序を取り違えているのではないか。
世界進出がダメなら、過去のヒット作にすがる
もう一つ気になるのが、過去の人気作品のリバイバルだ。
例えば『踊る大捜査線』。私も昔は夢中になって観ていた。刑事ドラマでありながら警察組織の官僚主義を描くという発想が新鮮で、登場人物も魅力的だった。
しかし、あれから約30年である。
当時の若手俳優もすっかり年を取り、主役だった織田裕二も今や60歳近い。かつての青島刑事も、そろそろ定年が気になる年齢だ。
そんな作品を今さら復活させて、いったい誰が観るのだろうか。
昔のファンは懐かしさで観るかもしれない。しかし、新しい世代の視聴者を獲得できるのか。
かつて『踊る大捜査線』がヒットしたのは、それまでになかった新しいドラマだったからだ。
その成功を再現したいなら、昔の作品を復活させるのではなく、今の時代に合った新しい作品を作るべきだろう。
あの頃の青島刑事は、組織の古い体質と戦っていた。30年後、そのドラマを作る側が過去の成功から抜け出せなくなっているとは、何とも皮肉な話である。
面白い作品は会議室から生まれるのか
市場調査をして、海外の人気俳優を集め、世界配信を前提に企画を立てる。あるいは、過去のヒット作を引っ張り出してくる。
どちらも企画会議では説明しやすい。すでに実績のある名前を並べれば、失敗したときの言い訳も立つ。
しかし、本当に必要なのは、新しい才能を発掘し、面白い作品を生み出す土壌を育てることではないか。
それには時間もかかるし、失敗も避けられない。だからこそ、安易な企画に流れるのだろう。
かつて『踊る大捜査線』には「事件は会議室で起きてるんじゃない」という名台詞があった。
どうやら今のテレビ業界では、ドラマの面白さまで会議室で決めようとしているらしい。