「やっぱり新幹線の駅を作って」――政治家のピボットに付き合わされるJRの悲劇
面白い記事を見つけた。
舞台は滋賀県。かつて栗東市に東海道新幹線の新駅を建設する計画があった。
地元自治体がJR東海に働きかけ、長年の協議を経て建設が決定。2006年には工事も始まった。
ところが、ここで新しい知事が登場する。
「そんなものはもったいない」
新駅の凍結を掲げた候補が知事選に勝利し、翌2007年、計画は中止となった。
選挙で民意が示されたのだから、方針転換そのものは民主主義の結果である。
問題は、その後だ。
「やっぱり必要かも」と言い出す政治家
新駅の計画が消えた後、リニア中央新幹線の整備が現実味を帯びてきた。
すると、かつて新駅を中止に追い込んだ知事自身が、将来的な新駅の必要性に言及し始めたのである。
これには地元の栗東市まで驚いた。2012年には市長が、事前協議も十分な検証もない唐突な発言だとして、知事に苦言を呈している。
そりゃそうだろう。
散々議論して、ようやく工事計画を止めた。その後になって「やっぱり駅が必要かもしれない」と言われても、関係者は何を信じればいいのか。
政治家の頭の中では、過去の決定など簡単に上書きできるらしい。
ベンチャー企業なら「ピボット」で済むが
IT業界には「ピボット」という便利な言葉がある。
市場環境が変わったら、それまでの事業方針を捨てて方向転換する。
昨日までの戦略を撤回しても、「柔軟な経営判断」と評価されることがある。
しかし、政治家が同じことをやると話は違う。
行政の事業には、民間企業との契約があり、地元自治体との約束があり、すでに動き出した人や金がある。
知事が選挙で交代したからといって、相手企業の投資や準備まで白紙になるわけではない。
政治家にとっては「政策の見直し」でも、企業にとっては「長年の交渉が全部無駄になった」という話である。
しかも、政治家は数年で任期が終わる。
失敗したら退任し、次の人に引き継げばいい。
一方、企業はその後も何十年と事業を続けなければならない。
政治家の任期は4年でも、相手企業の記憶まで4年で消えるわけではない。
政治家が失うのは選挙、企業が失うのは信用
今回の問題で重要なのは、新駅を作るべきだったかどうかではない。
建設費が高すぎるなら中止する判断もあるだろう。
しかし、一度決めたことを覆すなら、その後に生じる信用の損失まで引き受けなければならない。
相手がJR東海のような巨大企業だから、まだいい。
これが中小企業だったらどうだろう。
行政の要請を信じて設備投資をした。人も雇った。ところが選挙で知事が変わった途端、計画が中止になった。
そして数年後、また協力してほしいと言われる。
普通の経営者なら、二度と付き合いたくないと思うだろう。
ところが政治家は、方針転換を「民意」、再検討を「柔軟な対応」、失敗を「時代の変化」で説明できてしまう。
実に便利な職業である。
ベンチャー企業のピボットは、経営者自身がリスクを負う。
政治家のピボットは、他人にリスクを負わせることができる。
これだから政治家は駄目なのだ、と言いたくなる。
自分たちの都合で計画を止め、状況が変わればまた頼めばいい。
その発想には、長期的な信用関係を維持するという感覚が欠けている。
ベンチャー企業ならピボットと呼ばれるものも、政治家がやれば単なる朝令暮改。しかも、失敗の請求書はいつも別の誰かに届く。