違う、論点はそこじゃない――解党・政党交付金と裏金問題を同列に語る違和感

事実上分裂した政党が、議員を1人だけ残して党を存続させ、政党交付金を受け取る。

政党交付金とは政党への補助金であり、原資は税金である。

この話は以前にもこのブログで取り上げた。

先日、この問題について弁明する議員のYouTube動画を見たのだが、改めて感じた。

違う。論点はそこじゃない。

「違法ではない」は答えになっていない

動画では、「これは違法なお金ではない」という趣旨の説明がされていた。

さらに比較対象として出てきたのが、与党の政治資金をめぐる裏金問題だった。

あちらは法律違反が問題になった。しかし今回の政党交付金は制度上受け取れる。だから問題の性質が違う、という話である。

だが、まさにその通りなのだ。

問題の性質が違う。

だから裏金問題を持ち出しても、今回の疑問への回答にはならない。

こちらが聞いているのは、

「違法ですか?」

ではない。

「事実上消滅した政党が、議員を1人だけ残して税金を受け取り続けることを、どう説明するのですか?」

である。

聞きたいのは一つだけ

私が知りたいことは、それほど複雑ではない。

今年受け取った金を何に使うのか。そして、このまま党を存続させた場合、来年受け取ることになる政党交付金をどうするのか。

借金があり、今ある支払いのために党を残すという説明は、まだ分かる。

しかし、それなら支払いが終わった後はどうするのか。

党を解散するのか。それとも1人だけ残した状態で存続させ、来年も政党交付金を受け取るのか。

ここを明確にしてほしいのだが歯切れが悪い。

「法律違反ではありません」

「与党の裏金より問題ありません」

そんな話をいくら重ねても、この疑問への答えにはならない。

「あいつのほうが悪い」は小学生でも使える

私は与党の裏金問題を擁護する気はない。

法律に違反したのなら、それはそれとして追及すればいい。

しかし、

「与党はもっと悪いことをしている」

と言ったところで、自分たちの説明責任が消えるわけではない。

学校で先生に、

「宿題をやっていませんね」

と言われて、

「でも隣の田中君はカンニングしました」

と答えるようなものである。

田中君がカンニングしていても、あなたの宿題が突然提出済みになるわけではない。

政治の世界では、なぜかこの程度の論理が立派な反論として登場する。

裏金問題から学ぶなら、むしろ逆だ

皮肉なのはここである。

裏金問題で批判された理由の一つは、金の流れが見えなかったことだった。

誰が、いくら集め、どこへ流し、何に使ったのか。

そこが分からないから問題になった。

ならば今回学ぶべきことは、

「与党の裏金よりマシです」

ではない。

「だから自分たちは徹底的に透明にします」

のはずである。

金を使う側からすれば、いちいち使途を説明し、質問されるのは面倒だろう。

しかし政治資金とは、そもそもそういう面倒くさい金である。

逆説的だが、裏金の原資は企業からの献金である。収支報告さえちゃんとすれば表の金なのだ。

手続きさえ踏めば、議員が自由に使えばいい。

しかし政党助成金は税金なのだ。

自由に使える自分の財布ではない。

違法でなければ、それで終わりなのか

制度上可能なのかという話と、それが国民に納得されるのかという話は別である。

ここを混ぜてはいけない。

さらに裏金問題まで持ち出せば、ますます話が分からなくなる。

裏金が違法なら、そちらはそちらで追及すればいい。

今回の政党交付金については、今回の政党交付金について説明すればいい。

話は驚くほど単純である。

税金を受け取るなら、何に使うのか説明する。

今ある支払いが終わったら、党をどうするのか説明する。

来年も受け取るなら、その金をどうするのか説明する。

それだけだ。

それを聞かれて、

「違法ではありません」

「与党はもっと悪いです」

と答えるから話がおかしくなる。

政治家に必要なのは、相手より自分がマシだと証明することではない。自分たちの行為をちゃんと説明することである。

「もっと悪いやつがいる」だったら小学生でも言える。