雨の日の区役所で、今年も落語に金を払うべきか考えた
我が家から駅へ向かう途中に区役所がある。
雨の日は、この区役所の中を通り抜ける。少しでも濡れずに駅まで行けるので、いつの間にか習慣になった。
ついでに廊下のポスターを見る。
先日、落語会のポスターが貼ってあった。
出演者の名前を見る。
知らない。
落語家は相当な人数がいるのだろう。テレビに出るような有名人は一握りで、私のような素人には知らない人の方が圧倒的に多い。
そのポスターを見て、昔、温泉地で見た落語を思い出した。
無料だった。そして、面白くなかった
その温泉街では、無料の落語イベントをやっていた。
時間もあったので入ってみた。
これが驚くほど面白くなかった。
会場が静かなのである。
ところが一人だけ、
「ハハハハハ!」
と豪快に笑っている人がいた。
見ると着物を着ている。
そこで気づいた。
ああ、この人、関係者だ。
おそらく弟子か何かなのだろう。
噺家が何か言う。
「ハハハハハ!」
客席は静か。
また何か言う。
「ハハハハハ!」
客席は静か。
一人で必死に戦っている。
途中から落語より、そちらの方が気になってしまった。
笑いは伝染する。ただし限界もある
ラジオでも似たようなことはある。
パーソナリティーが何か言うと、横にいるスタッフや相方が大きな声で笑う。
「ここは笑うところですよ」
という空気を作る役割もあるのだろう。
笑いは伝染する。
だから笑い屋という仕組み自体は合理的である。
しかし、その日の落語では最後まで伝染しなかった。
感染源はいたのだが、クラスターが発生しなかったのである。
面白くないものを笑い声だけで救うのにも限界があるらしい。
有名でもハズレる
我が街では毎年、正月が過ぎた頃に落語会が開かれる。
こちらはテレビでも見る有名な噺家が何人も出演する。
私も何度か行っている。
面白い年は、本当に面白い。
だが、有名な落語家だからといって毎回面白いわけではない。
ネタとの相性もあるし、その日の出来もある。
要するに、結構なガチャなのである。
そして去年、私は見事にハズレを引いた。
つまらなかった。
無料なら、
「まあタダだったし」
で済む。
しかし金を払っている。
こうなると人間は途端に心が狭くなる。
普通に損した気分になる。
そして、そろそろ今年の落語会の季節がやってくる。
今年は面白いかもしれない。
またハズレるかもしれない。
雨の日の区役所でポスターを眺めながら、今年も金を払うべきか考えていた。
落語とは、人間の欲や愚かさを笑う芸能だという。
去年の損をいつまでも引きずって悩んでいる私を見ると、
どうやら高座に上がらなくても、落語の登場人物になることはできるらしい。