DNAで「純粋な日本人」を証明したい人たち――科学の顔をした物語に冷めた話

先日、YouTubeで「最新のDNA解析から日本人のルーツを探る」というような動画を見つけた。

こういう話は結構好きだ。

縄文人と弥生人はどの程度混ざっているのか。日本列島にはいつ、どこから人がやってきたのか。最近では古代人骨のDNA解析も進み、昔とは違う日本人の起源が見えてきている。

面白そうなので見始めた。

ところが途中から、妙な違和感が出てきた。

「あれ? これ、日本人のルーツを調べているんじゃなくて、最初から結論が決まってないか?」

どうも「日本人は大陸や朝鮮半島から来た人々とは違う、独自性の強い民族である」という方向へ話を持っていきたいように見える。

ここで一気に興味が失せた。

科学で答えを先に決めたら終わり

「日本人には他の東アジア集団とは異なる遺伝的特徴があるのではないか」

これは仮説だから何の問題もない。調べればいい。

問題は、

「日本人は独自の民族であってほしい」

から始めることだ。

そうなると、都合のいい研究を取り上げ、都合の悪い研究には触れず、曖昧な結果も自説に合わせて解釈するようになる。

DNA、ゲノム、論文、大学教授。

いくら科学的な言葉を並べても、やっていることは結論ありきである。

私は学生時代に物理学を専攻していたが、科学で大切なのは、自分の予想と違う結果が出たときにそちらを受け入れることだと思っている。

欲しい結論にデータを合わせ始めたら、それはもう科学ではない。

右翼もでも左翼でも同じ

これは右だろうが左だろうが同じだ。

「日本人は特別な民族だ」という結論のためにデータを集める。

逆に「民族に意味などない」という結論のためにデータを集める。

どちらも順序が逆である。

先に物語があり、後からエビデンスを探している。

科学は本来、調べた結果によって自分の考えを変えられるから意味がある。

ところが思想が先に来ると結論を変えられない。

科学は真実を調べる道具ではなく、自分の主張に権威を付ける飾りになる。

大陸の血が入っていたら何が困るのか

そして私が一番分からないのがここだ。

仮にDNA解析によって、

「現在の日本人には、古代に朝鮮半島や中国大陸方面から渡ってきた人々の遺伝的影響がかなりあります」

と判明したとして、それで何が困るのだろう。

日本語が話せなくなるわけでもない。

日本の文化が消えるわけでもない。

私が日本で生まれ育った事実も変わらない。

何千年も前の祖先がどこから来たかで、現在の自分のアイデンティティが揺らぐという感覚が、私にはよく分からない。

数千年前に「韓国人」が来たわけではない

さらにおかしいのが、古代の人間移動を現代の国籍に置き換えることだ。

「朝鮮半島から渡ってきた」

と聞いて、

「日本人の祖先は韓国人だったのか」

となる。

数千年前に現在の韓国という国家があったわけではない。

中国大陸から来た人も、現在の中国人という意味ではない。

現代の日中韓関係を、そのまま古代史へ持ち込むこと自体がおかしい。

当時の人々は食料や土地を求め、交易し、争い、移動し、別の集団と混ざった。

人類史とは基本的にその繰り返しだ。

むしろ「混ざっていない」ほうが不思議だ

日本は孤立した無人島ではない。

すぐ近くに朝鮮半島があり、その向こうには中国大陸がある。

日本文化そのものが大陸から大量の影響を受けてきた。

漢字、仏教、律令制度、稲作、金属器。

文化がこれだけ海を越えてきたのに、人間だけは何千年もほとんど混ざりませんでした、というほうが私には不自然に見える。

DNA研究によって「実際にはもっと複雑に人々が混ざっていました」と分かったなら、それはそれで面白い。

日本人の独自性が予想以上に強かったなら、それも面白い。

どちらでもいいのである。

科学の服を着た思想が嫌いなのだ

私は民族主義的な主張をする動画を公開するなとは思わない。

思想を語る自由はある。

ただ、それなら最初からそう言えばいい。

「最新DNA研究から日本人の起源を考える」ではなく、

「DNA研究を材料に私の日本人論を語る」

なら分かりやすい。

私が嫌なのは思想そのものより、科学の服を着て入ってくることだ。

科学の面白さは、調べるまで答えが分からないところにある。

日本人が想像以上に独自だった。

それでもいい。

想像以上に大陸から来た人々と混ざっていた。

それでもいい。

最初から「日本人はこうであってほしい」と決めているのなら、DNAを調べる必要などない。

欲しい答えは、もう最初から決まってる