未来予測は「前提」が崩れた瞬間から盛大に外れる——『さよなら、アジア』とAI時代の二強論を考える

最近、ある経済評論家がこれからの世界について語っている動画を見た。

かなり乱暴にまとめると、こんな話だった。

これから世界はアメリカと中国の二強になる。

日本やヨーロッパは徐々に存在感を失い、「元先進国」のような立場になっていく。

そして、これからの富を生み出す最大の源泉はAIとエネルギーである。

なるほど。

今の世界を見ていると、それなりに説得力がある。

アメリカには巨大IT企業があり、中国もAI、EV、バッテリー、太陽光などで猛烈な勢いを見せている。

対して日本やヨーロッパは、規制や既存産業、社会保障など巨大な仕組みを抱えている。新しいものを一気に導入するという点では、どうしても動きが鈍く見える。

「これからは米中二強になる」

と言われれば、

「まあ、そうなるのかな」

と思ってしまう。

ところが、この話を聞いていて、かなり昔に読んだ一冊の本を思い出した。

『さよなら、アジア』という本である。

「アジアで先進国になれる国は限られている」

私がこの本を読んだのは、10代から20代くらいの頃だったと思う。

細かい内容はもう覚えていない。

ただ、強烈に記憶に残っている主張がある。

アジアで日本に続いて先進国になれる国は限られている。

中国をはじめ、多くのアジア諸国が日本のような先進国になるのは難しい。

その理由として語られていたのが、民主主義や社会制度、公正なルールといった問題だった。

経済が一定の段階まで発展するには、単に安い労働力で工業製品を作ればいいわけではない。

公正な競争がある。

法が機能する。

政治権力によってルールが突然変えられない。

そういう社会的な基盤が必要になる。

当時の私は、

「なるほど、そういうものなのか」

と思って読んでいた。

理屈は通っている。

それから何十年も経った。

確かに著者の予言通り、日本型の先進国になったのは韓国と台湾だけである。

では中国はどうなったか?

少なくとも、

「西欧型の民主主義社会にならなければ、高度な経済・技術大国にはなれない」

という単純な未来図にはならなかった。

中国は民主主義国家にならないまま、世界有数の経済大国になった。

製造業だけではない。

EV、バッテリー、通信、ドローン、AIなど、先端技術でも世界のトップグループに入っている。

シンガポールのように、西欧型民主主義とはかなり違う政治体制のまま豊かになった国もある。

昔の予測が想定していた「先進国への一本道」そのものが存在しなかったのである。

予測が間違っていたというより、前提が間違っていた

ここが面白い。

その専門家が馬鹿だったわけではない。

当時存在していた材料を並べれば、かなり合理的な予測だったのだと思う。

問題は、その計算式のもっと手前にある。

前提である。

経済が高度化するには、この制度が必要だ。

豊かになるには、この段階を通る必要がある。

日本が通った道を、後発国もある程度同じように通る。

ところが現実には、別ルートがあった。

前提が崩れた瞬間、その上にどれほど精密な予測を積み上げても意味がなくなる。

これはITのシステム設計にもよく似ている。

処理件数は年間10%ずつ増える。

ユーザー数はこのくらい。

一件あたりのデータ量はこのくらい。

だから5年後にはこのくらいのサーバー台数が必要になる。

計算そのものは完璧である。

しかし翌年、

「このサービス、来年からクラウド化することになりました」

となれば全部無意味である。

計算を間違えたのではない。

計算の土台が消えた。

未来予測には、この問題が常について回る。

そこで「米中二強論」をもう一度考えてみる

話を現在に戻す。

米中二強。

AIとエネルギーが次の富の源泉になる。

この予測も、現在の状況から考えればかなり筋が通っている。

特にAIは電力を猛烈に使う。

巨大なデータセンターを建設する。

大量のGPUを並べる。

それを動かす電力を確保する。

だから資本、半導体、データセンター、電力を大量に確保できる国が圧倒的に有利になる。

現在のAIを見れば、そう考えるのは自然である。

だが、ここで昔の『さよなら、アジア』を思い出す。

その前提、本当に20年後も同じなのだろうか。

生成AIが一般社会に本格的に出てきてから、まだ数年しか経っていない。

その数年間だけでもモデルの性能、必要な計算資源、推論方法、半導体、モデルのサイズ、端末側で動くAIなど、猛烈な速度で変化している。

それなのに、

「現在のAIは大量の電力を必要とする」

という事実から、

「したがって将来も巨大な電力を持つ国がAI覇権を握る」

まで一気につなげていいのだろうか。

ここにはかなり大きな前提が隠れている。

未来のAIも、現在と同じような方法で計算資源と電力を大量消費する。

という前提である。

AIそのものが変わったらどうなるのか

私は、AIが将来どのような仕組みになるのか知らない。

専門のAI研究者でもない。

だから、

「将来は必ず省電力AIになる」

などと言うつもりもない。

むしろ言いたいのは逆である。

分からないのだから、現在の方式がそのまま続くことも前提にできない。

アルゴリズムが大幅に効率化されるかもしれない。

半導体が変わるかもしれない。

巨大モデル一つですべてを処理する方式自体が変わるかもしれない。

端末側のAIがもっと重要になるかもしれない。

あるいは、今われわれが想像もしていない方式が出てくるかもしれない。

そのどれが起きるかは分からない。

しかし一つでも大きなゲームチェンジが起きれば、

「AIには莫大な計算資源と電力が必要」

「だから巨大な資本やエネルギーを持つ国が勝つ」

という現在のきれいな論理は、途中から成立しなくなる。

これは、

「民主主義と公正な制度がなければ高度な経済発展は難しい」

「だから中国は先進国にはなれない」

という昔の予測と、構造としてよく似ている。

論理がおかしいのではない。

最初の前提が永遠に続くと思っているところが危ないのである。

専門家ほど「現在のルール」で未来を精密に計算する

未来予測を見ていると、専門家ほど数字を使う。

人口。

GDP。

エネルギー消費量。

AIへの投資額。

半導体の生産能力。

データセンターの建設計画。

これらを積み上げて、

「2035年にはこうなる」

「2050年にはこの国がこうなる」

と予測する。

数字がたくさん並ぶと、未来まで決まっているように見える。

しかし、それらはすべて、

ゲームのルールが大きく変わらなければ

という巨大な条件付きである。

人口予測のように比較的ゆっくり動くものもある。前提が変わりづらいので人口予測はよく当たると言われている。

一方で技術は、ゲームそのものを変えてしまう。

スマートフォンが登場する前に、携帯電話市場の20年後をどれだけ精密に予測しても意味がなかった。

クラウドが普及する前に、企業が将来保有するサーバー台数を延長線で計算しても外れる。

AIだって同じだろう。

まして今は、技術そのものが猛烈な勢いで変わっている最中である。

そこで20年後の勝者まで決めてしまうのは、さすがに気が早い。

「今の勝者」が「未来の勝者」とは限らない

米中二強論が間違っている、と言いたいわけではない。

本当にそうなる可能性はある。

アメリカと中国がAIとエネルギーを押さえ、日本とヨーロッパが徐々に存在感を失う。

20年後に振り返れば、

「あの評論家は正しかった」

となっているかもしれない。

ただし、それは未来が読めたというより、現在置いている前提が20年間あまり崩れなかったということでもある。

未来予測を見るとき、私は結論そのものより、最近はこちらを見るようになった。

「この予測は、何が変わらないことを前提にしているのか」

米中二強になる。

なぜ?

AIとエネルギーを握っているから。

なぜAIには巨大なエネルギーが必要なのか?

現在のAIがそうだから。

では、現在のAIの仕組みは20年後も同じなのか?

ここまで戻っていくと、最初は強固に見えた未来予測が、意外といくつもの仮定の上に乗っていることが分かる。

未来予測で怖いのは、計算間違いではない。

誰も疑っていなかった前提が、突然なくなることである。

昔の私は『さよなら、アジア』を読んで、

「中国はそう簡単には豊かになれないのか」

と思っていた。

今では中国製のスマートフォンで中国製AIを動かせる時代になった。

未来とは、そういう意地の悪い答え合わせをしてくる。

だから「2050年の世界はこうなる」と言われたとき、結論を覚えておくより、前提を覚えておいたほうがいい。

20年後に読み返したとき、一番面白いのはたぶんそこだからである。