「Claudeを使ってみませんか?」と言われたら喜ぶべきか――会社がAIを配る基準は意外と冷たい
先日、妻の会社で少し面白い話を聞いた。
会社で使っているCopilotとは別に、Claudeなど別の生成AIも試してみないか、という案内が来たらしい。
「最新AIが使える!」
そう聞くと福利厚生が充実したようにも聞こえる。
しかし、私は少し違う見方をしてしまう。
会社は慈善事業ではない。
月数千円、数万円するAIライセンスを社員全員に配る理由はないのである。
AIも、結局は設備投資である
昔なら、高性能なワークステーションは設計部門だけに配られた。
営業には必要ない。
経理にも必要ない。
必要な人にだけ渡す。
それと同じことが、今はAIで起きている。
Copilotだけを全社員へ。
ClaudeやCursorは一部だけ。
最近はそんな会社が増えてきた。
「差別だ」という話ではない。
投資効率の問題である。
年間何十万円も払って、その社員の生産性が何倍にもなるなら安い。
逆に、検索しか使わない人に最新AIを渡しても、高価な検索ボックスが一つ増えるだけだ。
会社から見れば、それ以上でもそれ以下でもない。
AI格差というより、投資格差
最近は「AI格差」という言葉をよく見る。
私は少し違うと思っている。
正確には「会社が投資する価値があると判断したかどうか」の差だ。
もちろん本人の能力だけではない。
仕事内容もある。
機密情報の問題もある。
予算もある。
だが、少なくとも「この人に最新AIを使わせたら元が取れる」と会社が判断しなければ、高価なライセンスは回ってこない。
冷たい話だが、それが企業である。
AIがエース社員をコピーする時代
もっと面白い変化も起きている。
優秀な社員のプロンプト。
仕事の進め方。
レビューの観点。
意思決定の癖。
こうしたものをAIに覚えさせ、「あの人ならどう考えるか」を組織全体で共有しようという会社も出始めている。
昔はベテラン社員が辞めると、そのノウハウも一緒に消えた。
今は違う。
本人が辞めても、AIは会社に残る。
少しブラックな言い方をすれば、「社員のコピー」を作ろうとしているのである。
もちろん本人ほど完璧ではない。
それでも、新人教育には十分役に立つ。
「使ってみませんか」は期待でもあり、試験でもある
だから私は、会社から「Claudeも試してみませんか」と言われたら、悪い話ではないと思う。
少なくとも今すぐコスト削減対象とは見られていない可能性が高い。
むしろ、
「この人に投資したら回収できそうだ」
そう判断されたと考える方が自然だ。
もちろん、その期待に応えられなければ、来年ライセンスが消えている可能性もある。
会社は成果を見る。
AIそのものではなく、AIを使った結果を見る。
昔は会社が車を支給した。今はAIを支給する。
振り返れば、会社は昔から同じことをしている。
営業には営業車を与える。
設計者には高性能PCを与える。
必要な人にだけ高価な道具を渡す。
AIも、その仲間入りをしただけだ。
だから、「最新AIを使わせてもらえた」という事実だけで喜ぶのは少し早い。
それはご褒美ではない。
会社から見れば、「この投資、ちゃんと回収できますよね?」という請求書が、一緒についてきているだけなのだから。