切り抜き動画の功罪――本家より面白いコピーをどう扱うのか?

先日、とある政治系YouTubeチャンネルで面白い企画を見た。

自分たちの動画が、他のチャンネルでどのように切り抜かれているのか。配信者本人が実際の切り抜き動画を見ながら検証するというものだ。

これがなかなか興味深かった。

「決裂!」「断絶!」は切り抜きの常套手段

まず目についたのは、タイトルの過激さである。

出演者同士が少し意見をぶつけ合っただけなのに、切り抜き動画では「完全決裂!」「ついに断絶!」と大騒ぎになる。

議論の中で一瞬だけ険悪になった場面を抜き出し、そこだけを何度も繰り返す。

元動画を見れば、別に決裂も断絶もしていない。普通に議論が続いている。

しかし、配信者本人はこうした切り抜きを容認していた。

理由は単純だ。切り抜きとは、そもそもそういうものだからである。

多少大げさでも、興味を持った人が本家チャンネルを訪れてくれれば宣伝になる。自分たちの動画を普段見ない層に届くメリットは大きい。

要するに、多少の誇張は広告宣伝費のようなものだ。

選挙が終わると消える切り抜き業者

もう一つ面白かったのは、切り抜き動画の投稿数まで調べていたことだ。

選挙期間中、政治的な盛り上がりがあると、切り抜き動画が大量に出現する。連日のように新しい動画が投稿され、さまざまなチャンネルが群がってくる。

ところが、選挙が終わって話題が落ち着くと、投稿数も急激に減ってしまう。

あれほど熱心に動画を切り抜いていた人たちは、いったいどこへ行ったのだろう。

おそらく、別の盛り上がっている話題を見つけて、そちらへ移動したのだろう。

政治への関心というより、再生数への関心だったわけだ。

選挙が終われば、切り抜き業者も撤収する。実に現金なものである。

本家より出来のいいコピーが現れた

ところが、配信者が本当に頭を悩ませていたのは、まったく別のタイプの動画だった。

元動画をほぼ丸ごとコピーし、しかも本家より丁寧に編集した動画である。

不要な間をカットし、テロップを整理し、見やすく仕上げている。

これが困ったことに、本家より見やすい。

視聴者からすれば、同じ内容なら見やすい方を選ぶのは当然だ。しかも、切り抜き特有の過激な演出もない。

しかし、これを認めてしまうと、本家の動画を見る理由がなくなる。

短い切り抜きなら宣伝になるが、完成度の高いフルコピーは本家の代用品になってしまう。

雑なコピーは宣伝になるのに、優秀なコピーは商売敵になる。

何とも皮肉な話である。

私自身、切り抜きばかり見ている

偉そうなことを書いているが、私自身も本家より切り抜き動画を見ることが多い。

政治系の動画は長い。1時間以上の議論を最初から最後まで見るのは、それなりに面倒だ。

その点、切り抜きなら面白いところだけを数分で確認できる。

しかも、YouTubeのおすすめには次々と関連動画が表示される。気がつけば、元動画を一度も見ないまま、そのチャンネルの議論を知った気分になっている。

ただ、これでは本家の制作費や労力が報われない。

個人的には、YouTubeの検索結果やおすすめで、本家動画を最優先に表示する仕組みがあってもいいと思う。

まず本家を表示し、その下に切り抜きを並べる。視聴者は好きな方を選べばいい。

少なくとも、元動画を作った人間が、コピーした人間より不利になるのはおかしな話だ。

最後に笑うのは誰なのか

今回の話で面白かったのは、配信者が過激な切り抜きには寛容なのに、丁寧に編集されたフルコピーには困惑していたことだ。

考えてみれば当然である。

本家は時間と金をかけてコンテンツを作る。一方、切り抜き側はその中からおいしい部分を選んで商売する。

選挙が終わって再生数が稼げなくなれば、さっさと別の話題へ移動する。

そして、視聴者である私も、その便利さを喜んで享受している。

結局、YouTubeで最も効率よく稼ぐ方法は、面白い動画を作ることではなく、面白い動画を作る人を見つけることなのかもしれない。

しかも、その人が面白くなくなったら、次の人を探せばいい。

切り抜き業者にとって、最も大切なのは政治的信念ではなく、撤収のタイミングなのだろう。