熊本地震とショッピングモール爆発事故――SNSは「悪者」を探しすぎていないだろうか
熊本地震の被害が少しずつ明らかになってきた。
震度7という数字を見たときは、もっと大きな人的被害を覚悟していたので、死者数が比較的少なかったことは不幸中の幸いだったと思う。
とはいえ、地震の影響でショッピングモールで起きたガス爆発では複数の尊い命が失われた。
そんな中、一つ気になったニュースがあった。
ガス爆発が起きる前、避難指示が出ていたにもかかわらず、あるアパレルメーカーの従業員3人が店舗へ戻っていたという話である。
親族の証言によれば、売上金を金庫へしまうよう会社から指示を受けていたらしい。
もしこれが事実なら、
「売上金より命を優先すべきだった。」
という批判が出るのは当然だと思う。
私も、その点について企業側には説明責任があると感じる。
事故後も取材を受けず、沈黙を続けていることで、「何か隠しているのではないか」と見られてしまうのも仕方がない。
危機管理という意味では、かなりの悪手であると思う。
ただ、その一方で少し気になることもある。
それは、SNS時代になると、私たちはあまりにも早く「悪者」を決めたがるということだ。
今回も、
「会社が悪い。」
「社長が悪い。」
という声が一気に広がった。
もちろん、その指示が事実なら厳しく検証されるべきだ。
しかし一つ冷静に考えたい。
誰が、あのショッピングモールが爆発すると予想できただろうか。
地震で建物が壊れる。
余震が来る。
そこまでは誰でも想像する。
しかしガス漏れが起き、それが引火し、大規模爆発になるところまで予測して行動した人が、どれほどいただろう。
少なくとも私は想像できなかった。
だからといって、避難指示を無視していいという話ではない。
危険区域へ戻る判断は間違っていた可能性が高い。
しかし、その判断が「爆発を知りながら命令した」のと、「売上金を回収してすぐ戻るつもりだった」のとでは、意味は大きく違う。
事故が起きた後の私たちは、どうしても結果を知った状態で過去を裁いてしまう。
心理学では「後知恵バイアス」と呼ばれる現象だ。
結果を知ると、
「そんなこと最初から分かっていたはずだ。」
と思い込んでしまう。
実際には、現場の人たちは何も知らないまま判断している。
だから事故調査というものがある。
だから警察の捜査がある。
本来は事実を積み上げて原因を検証するための仕組みだ。
ところがSNSでは、そのプロセスを待つより先に「悪者探し」が始まる。
誰か一人を悪役にすると、複雑な事故も分かりやすい物語になる。
その気持ちは理解できる。
人間は白黒を付けたがる生き物だからだ。
それでも、現実は物語ほど単純ではない。
企業には説明責任がある。
危険な指示があったのなら、それは厳しく検証されるべきだ。
一方で、「誰もあの爆発までは予想できなかった」という事実も、忘れてはいけないと思う。
事故の教訓を残すことと、悪者を一人決めて安心することは、似ているようでまったく違う。
SNSの時代になって便利になったものは多い。
ただ、「犯人探し」のスピードまで速くなってしまったことだけは、本当に良いことなのか、少し考えてしまう。