「政治とカネ」を批判してきた政党が、自分のカネで躓いた

日本で少し奇妙な政治ニュースが続いている。

今年、二つの政党の議員が合流して「中道改革連合」という新しい野党を作った。

ところが、わずか数カ月で事実上分裂することになった。

片方の出身者は元の政党へ戻り、もう片方は新しい政党を作る。

ここまでなら、よくある政党再編の失敗である。

問題は、その後だった。

中道改革連合という政党そのものは消滅させず、国会議員を一人だけ残して存続させるという。

理由の一つが、政党交付金である。

日本には税金から政党に支払われる金がある

日本には「政党交付金」という制度がある。

一定の条件を満たした政党に対して、国が税金から活動資金を支給する仕組みだ。

中道改革連合は選挙で多額の支出を抱え、まだ民間業者などへの支払いが残っている。

そこで党をすぐに解散せず、一人だけ議員を残して政党を存続させ、予定されている政党交付金を受け取り、それを支払いに充てるという。党側は、支払いを終えるまで解散できないと説明している。

理屈は分かる。

選挙で仕事を発注しておいて、

「政党がなくなったので払いません」

では業者も困る。

だから借金を清算するために今年の政党交付金を使う。そこまでは、かなり苦しいとはいえ理屈として理解できなくもない。

しかし、話はそこで終わらない。

法律に違反してないと言われても困る

制度上は問題ないらしいが、外から見ると非常に奇妙である。

所属していた議員のほとんどが別の党へ移る。

それでも一人だけ残して、政党という「器」は残す。

そして税金から支給される資金を受け取る。

一般の人間から見れば、

「それは制度の目的に合っているのか?」

「制度の盲点を悪用してないか?」

という疑問が出るのは当然だろう。

しかも、この政党は野党である。

これまで与党の「政治とカネ」の問題を厳しく追及してきた側でもある。

ここが今回の話を猛烈に格好悪くしている。

正義は維持費が高い

政治に限らず、「正義」を自分のブランドにするのは危険だ。

他人の不正を厳しく批判するほど、自分が同じような問題を起こしたときの代償は大きくなる。

普段から「人間なんてそんなものだ」と言っている人間が失敗しても、それほど驚かれない。

しかし、

「われわれは違う」

「われわれはクリーンだ」

「相手には倫理がない」

と言い続けた人間が同じ場所で転べば、話は別である。

今回の騒動を見ていて思うのは、政党交付金そのものより、こちらのほうだ。

他人を裁くために高く設定した倫理基準は、消えてなくなるわけではない。

ちゃんと保存されている。

そして自分の番になったとき、同じ基準が適用される。

正義という武器はよく切れる。

だからこそ、自分に向いたときが一番痛い。