「英語しかできない人」の悲劇。金棒だけ立派でも、鬼がいなければ意味がない
先日、YouTubeで「英語ができても仕事がない」という動画を見かけた。
登場したのは40歳くらいの女性。英語はペラペラで、これまで英語塾の講師として働いてきたという。
しかし、収入は低く、雇用形態も不安定。そろそろ安定した収入の得られる、ちゃんとした仕事に就きたいと考え、一般企業への転職活動を始めたそうだ。
ところが、これがまったくうまくいかない。
理由は実にシンプルだった。
「英語しかできない人」を募集している会社など、ほとんどないのである。
企業が欲しいのは、英語のできる経理担当者、英語のできる営業マン、英語のできるエンジニアだ。英語だけ流暢に話せても、肝心の実務経験がなければ採用する理由がない。
英語を教える仕事で食べてきたのに、英語だけでは安定した仕事に就けない。なかなか皮肉な話である。
身近にもいた「英語だけはペラペラ」の人
実は、知り合いの会社にも似たような人がいる。
若い頃に海外留学を経験しており、英語は非常に流暢だという。しかし、肝心の仕事となると、基本的な事務作業くらいしかできない。
結果、社内では部署をたらい回しにされているそうだ。
外資系企業なら、とっくにクビになっていてもおかしくない。
英語はできる。しかし、皮肉なことに、彼女を守っているのはその英語力ではなく、日本的な雇用慣行なのだ。
本人もすっかり開き直っているのか、口癖は「私、何もできないから」。
いや、英語はできるだろう。
ただし、会社としては、その英語を使って何をしてもらえばいいのか分からない。
せっかく海外留学までして身につけた能力なのに、会社では持て余されている。
英語は「鬼」ではなく「金棒」である
ここで思い出すのが、日本のことわざ「鬼に金棒」だ。
もともと強い鬼が金棒を持つから、さらに強くなる。
これをビジネスに当てはめると、実に分かりやすい。
鬼とは実務能力。金棒とは英語力である。
経理でも営業でもプログラミングでもいい。まず、自分自身が仕事のできる「鬼」でなければならない。
そこに英語という金棒が加われば、国内だけでなく海外でも活躍できる可能性が広がる。
ところが、英語だけを必死に勉強してきた人は、金棒を磨くことばかり考えて、肝心の鬼を育てていない場合がある。
金棒だけはピカピカ。しかも、やたらと高級品。
しかし、持ち主がいない。
会社としても、金棒だけ採用して給料を払うわけにはいかないのである。
本当の失敗は、40歳になるまでのキャリア選択
もっとも、冒頭の女性については、少し違う問題もある。
英語を教えること自体は、立派な専門スキルだ。語学力だけでなく、人に教える能力も必要になる。
問題は、そのスキルを使って安定した収入を得られる仕事が、日本では限られていることだ。
学校の英語教師になれば、比較的安定した職業になる。しかし、民間の英語塾や英会話スクールの講師となると、低賃金や不安定な雇用形態に悩まされるケースもある。
つまり、この女性の本質的な失敗は、英語を勉強したことではない。
英語塾のインストラクターという、将来の安定が見通しにくいキャリアを選び、そのまま40歳まで過ごしてしまったことだ。
20代なら、別の業界に転職して一から実務経験を積むこともできただろう。しかし、40歳になってから未経験の職種に飛び込むとなると、ハードルは一気に上がる。
企業が40歳の中途採用者に期待するのは、基本的に即戦力だ。
「英語は得意ですが、実務はこれから覚えます」
そう言われても、採用担当者としては困ってしまう。
本人にとっては、長年磨いてきた英語が最大の武器なのだろう。しかし、転職市場では、その武器を必要とする相手が見つからない。
40歳になって初めて気づいたのは、英語力の不足ではなく、キャリア設計の失敗だったのである。
金棒を磨く前に、鬼を育てろ
日本では昔から、英語が流暢な人は、それだけで優秀な人という印象を持たれやすい。
しかし、英語はあくまで能力を拡張する道具だ。
英語で会議に参加できても、議論する専門知識がなければ意味がない。英語で技術文書を読めても、その技術を理解できなければ仕事にはならない。
要するに、日本語でできない仕事が、英語になった途端にできるようになるわけではない。
若い人が英語を勉強するなら、同時に「その英語を使って何の仕事をするのか」を考えるべきだろう。
英語の資格やスコアを追いかけるのも結構だが、それだけで将来の仕事が保証されるわけではない。
冒頭の女性も、英語を教える道を選んだこと自体が悪かったわけではない。ただ、その道の先にどんな雇用と収入が待っているのか、もっと早く考える必要があったのだろう。
「鬼に金棒」とは、実によくできたことわざである。
金棒を磨くのに20年かけても、鬼は勝手には育たない。
そして転職市場では、40歳になってから「これから鬼を育てます」と言っても、なかなか待ってはもらえない。
皮肉なことに、その厳しい現実を説明する英語力だけは、誰よりも優れているのかもしれない。