増えても困る、減っても困る――ワイドショーでは今日も誰かが悲鳴を上げている

テレビのワイドショーを見ていて、思わず苦笑いした。

「中国人観光客が減少し、観光地やホテルが悲鳴を上げています」

……あれ?

少し前まで、

「外国人観光客が押し寄せ、オーバーツーリズムで地域住民が悲鳴を上げています」

とやっていなかったか。

増えれば「混雑」「マナー問題」「住民生活への影響」。

減れば「売上減少」「ホテルが苦境」「観光地が悲鳴」。

一体、中国人観光客は増えた方がいいのか、減った方がいいのか。

どうもワイドショーの世界では、増えても困るし、減っても困るらしい。

米でも同じことが起きている

最近の米の報道を見ていても、まったく同じ構図を感じる。

米の価格が高騰していたときは、

「高すぎて買えない」

「家計を直撃」

「消費者から悲鳴」

と連日のように報道していた。

ところが米の価格が下がる方向に動けば、今度は、

「この価格では農家がやっていけない」

「生産者から悲鳴」

という話になる。

ちょっと待ってほしい。

一体どっちの味方なんだ。

米が高ければ消費者が困る。

米が安ければ農家が困る。

中国人観光客が増えれば住民が困る。

減れば観光業者が困る。

どう転んでも誰かが困る。

そしてテレビカメラは、毎回きちんとその「困っている人」を探し出してくる。

ワイドショーに必要なのは「適正価格」ではない

もちろん現実には、それぞれ別の立場の人間がいる。

観光客が増えて儲かる人もいれば、混雑で迷惑する人もいる。

米が安ければ消費者は助かるが、生産者には厳しい。

そんなことは当たり前である。

面白いのは、ワイドショーがその時々で「困っている側」にカメラを向けることだ。

なぜなら、

「米の価格が適正な範囲に落ち着きました」

「観光客数がおおむね妥当な水準です」

では番組にならない。

誰かに、

「もう限界です」

と言ってもらった方がテレビになる。

だから増えれば増えた側の被害者を探し、減れば減った側の被害者を探す。

テレビにとって重要なのは、増えるか減るかではない。

どちらに動いても「悲鳴」が撮れることである。

だからテレビには結論がない

ネットの発信者なら、「私は消費者の利益を優先する」「農家保護を重視する」と立場を決めて話すことができる。

テレビはそう簡単ではない。

幅広い視聴者を相手にしながら、放送として公平性にも配慮しなければならない。

結果として、「私はこうすべきだ」という主張より、「こちらで困っています」という映像の方が使いやすい。

昨日は消費者。

今日は農家。

去年は地域住民。

今年は観光業者。

一見すると節操がない。

だが、実は一本だけ、昔からまったくブレていない軸がある。

テレビは消費者の味方でも、農家の味方でも、地域住民の味方でもない。

ずっと視聴率の味方なのである。

そう考えれば、「増えても悲鳴、減っても悲鳴」という不思議な報道にも、驚くほど一貫性がある。