GDP世界6位で何が悪い? 数字だけ豊かになっても生活が苦しくなる国々

日本のGDPがイギリスやインドに抜かれ、世界第6位に転落するという話を最近よく耳にする。

インドは人口が日本の10倍以上もあるのだから、いずれ抜かれるのは当然だろう。しかし、イギリスにまで抜かれるとなると、少し引っかかる。

そこでイギリスの経済事情を調べてみると、なかなか興味深い。

確かに名目GDPは大きい。しかし、物価も家賃も高い。特にロンドンの住宅事情は深刻で、まともな部屋に住むだけでも相当な負担になるという。

GDPでは日本を追い抜いても、庶民の生活がそれに比例して豊かになっているわけではない。

そもそもGDPは、国民の幸福度を測る数字ではない。物価が上がれば名目GDPも押し上げられるが、だからといって生活が楽になるわけではない。

家賃が2倍になってGDPが増えたとして、それを経済成長と喜ぶのは大家くらいではないか。

移民を増やしてGDPを膨らませるという発想

もう一つ、私が疑問に思うのは移民政策である。

イギリスをはじめ、欧米諸国では移民の受け入れが人口や労働力の増加につながり、GDPの総額を押し上げる要因にもなっている。

考えてみれば当たり前だ。人口が増えれば、消費も労働も増える。国全体の経済規模は大きくなりやすい。

しかし、それで元から暮らしている国民の生活が豊かになるのかは別問題である。

人口が増えれば住宅も必要になる。学校、病院、交通機関などの社会インフラにも負担がかかる。住宅供給が追いつかなければ、家賃はさらに上がる。

私は、GDPを増やすために移民を大量に受け入れるという政策には反対である。

もちろん、労働力不足への対策という理屈は分かる。しかし、人口を増やして経済規模を維持することばかり考えていては、いつまでたっても生産性の改善が進まない。

人手が足りないなら、省力化や自動化を進める。人口が減るなら、人口が減っても成立する社会を設計する。

そちらの方がよほど健全ではないか。

GDPの数字を維持するために人口を増やし続けなければならないのなら、それは経済政策というより、数字を守るための自転車操業である。

株価は絶好調、庶民の財布は空っぽ

似たような現象はアメリカでも起きている。

株価は上昇し、巨大IT企業は莫大な利益を上げる。一方で、住宅価格や家賃、医療費などが家計を圧迫している。

金融資産や不動産を持っている人は、資産価格の上昇によってますます豊かになる。しかし、そうした資産を持たない人にとっては、生活費だけが上がっていく。

同じ国に住んでいても、まるで別の経済の中で暮らしているようなものだ。

かつては経済成長すれば、いずれ庶民の生活も豊かになると考えられていた。しかし、現在はその果実が必ずしも広く行き渡らない。

GDPが増えた。株価が上がった。企業業績が過去最高になった。

それで家賃が払えるようになるわけではない。

日本のGDPが世界2位に戻ったら幸せなのか

では、日本も強烈なインフレによってGDPを膨らませればいいのだろうか。

例えば、給料が2倍になり、GDPも大きく増えたとする。

しかし、家賃も食費も光熱費も3倍になっていたらどうだろう。

数字の上では成長しているが、生活は以前より苦しくなる。

そんな経済成長なら、私は御免である。

日本には円安という事情もある。ドル換算のGDPは為替相場に大きく左右されるため、順位が下がったからといって、国内の生活水準まで同じ割合で落ちたわけではない。

日本の経済停滞や賃金の低さは確かに問題だ。しかし、治安、交通、医療、生活インフラなどを含めて考えれば、日本の暮らしにはまだ十分な強みがある。

わざわざ海外の高インフレや住宅難まで輸入して、GDPの順位を取り戻す必要はない。

GDPの順位表で生活している人はいない

そもそも、GDP世界3位だろうが6位だろうが、普通の人の生活にどれほど関係があるのだろう。

大切なのは、普通に働けば普通に暮らせることだ。

家賃を払い、食事をして、ときには旅行や趣味を楽しめる。老後の心配もそこそこで済む。

そのために必要なのは、GDPの総額を競うことではなく、一人当たりの生産性を上げ、生活コストを抑え、実質的な豊かさを増やすことだろう。

人口を増やしてGDPをかさ上げすることにも、物価を上げて名目上の経済規模を膨らませることにも、私はあまり魅力を感じない。

経済大国の看板を守るために国民の生活が苦しくなるなら、本末転倒である。

GDPの世界ランキングで上位に入っても、庶民が住む家すら買えない。そんな国のどこが豊かなのだろう。

国民はGDPの順位表を食べて生きているわけではない。