テレビの「炎上商法」は誰が後始末するのか――外国人タレントの過激発言を見て思ったこと

妻とテレビを見ていた時のことだ。

隣国にルーツを持つ元モデルの女性タレントが画面に出てきた瞬間、私はチャンネルを変えた。

妻も

「この人はちょっと嫌いだな」

と言っていた。

私も苦手である。

理由は単純で、日本社会に対する批判をかなり強い言葉で繰り返すタイプだからだ。

そこまで嫌な国に無理に住まなくてもいいのに、と正直思う。

もちろん日本に住んでいる外国人が、日本を批判してはいけないとはまったく思わない。

日本人だって毎日のように日本政府や日本企業や日本社会の悪口を言っている。外国人だけ「日本に住ませてもらっているのだから黙って褒めろ」というのはおかしい。

少なくとも税金を払ってるなら文句を言う権利はある。

ただここで気になるのは、テレビがこういう人を苛立たせる発言そのものを商品として利用していることである。

テレビにとって「嫌われる」は必ずしも失敗ではない

普通の商売なら、客に嫌われたら困る。

ところがメディアは少し違う。

「あの人、いいよね」

も数字になるが、

「あいつ、またこんなこと言ってるぞ」

も数字になる。

SNSならさらに分かりやすい。

怒った人が動画を引用する。

批判コメントを書く。

別の人が反論する。

さらにその反論に反論が付く。

結果として再生数もインプレッションも伸びる。

つまり、好感と嫌悪は感情としては正反対なのに、メディアビジネスではどちらも「注目」という同じ数字に変換できる。

だからテレビにもネットにも、一定数の「嫌われ役」が存在する。

視聴者を少し怒らせる。

ネットで話題になる。

翌日のニュースサイトが記事にする。

SNSでも議論になる。

制作側から見れば非常に使いやすい。

「無名より悪名」という古い言葉が、アルゴリズム時代になってますます強くなった。

昔のテレビにも「嫌われ役」はいた

こういう商売は今に始まったものではない。

昔のテレビにも毒舌を売りにする人はいた。

わざと失礼なことを言う。

出演者を怒らせる。

視聴者を不快にさせる。

それ自体が芸になる。

テレビへの露出が減ったあと、YouTubeに活動の場を移して再び大量の再生数を稼いでいる人もいる。

媒体がテレビからYouTubeに変わっただけで、ビジネスモデルはあまり変わっていない。

感情を動かせば勝ちである。

喜ばせてもいい。

感動させてもいい。

そして怒らせてもいい。

広告ビジネスから見れば、怒りも立派な商品になる。

ただし外国人の「嫌われ役」は少し事情が違う

ここで問題になるのが、外国人タレントの場合である。

日本人の毒舌タレントが暴言を吐けば、

「あの人は嫌いだ」

で終わりやすい。

ところが外国にルーツを持つ人物が、

「日本はここがおかしい」

「日本人のこういうところが駄目だ」

と繰り返し強い言葉で発信すると、受け手によっては話が個人で終わらない。

「あの人が嫌い」

から、

「またあの外国人が日本の悪口を言っている」

へ変わる。

さらに進めば、

「あの国の人間は日本に文句ばかり言う」

という雑な一般化まで起きる。

ここが怖い。

テレビ局が炎上要員として一人の人物を使って数字を取る。その人が嫌われるところまでは、本人もある程度承知の上かもしれない。

しかし、その反感の請求書は本人だけに届くとは限らない。

日本で普通に働き、生活しているまったく無関係な同胞にまで回っていく。

本人たちは何も言っていないのに、

「◯◯人って日本のこと嫌いなんでしょ」

「そんなに日本が嫌なら帰ればいい」

という目で見られる。

これはあまりに割に合わない。

テレビが作ったキャラクターを「◯◯人代表」にしてはいけない

そもそもテレビに出ている外国人が、日本在住外国人の平均像であるはずがない。

テレビが欲しいのは、普通のことを普通に話す人ではない。

番組として使いやすい人である。

強いことを言う。

キャラクターが立っている。

賛否が分かれる。

切り抜いたときに見出しになる。

そういう人ほど選ばれやすい。

これは外国人に限った話ではない。政治評論家でも経済評論家でも同じである。

「まあケース・バイ・ケースですね」

と毎回答える人より、

「日本はもう終わりです!」

と言ってくれる人のほうがテレビでは使いやすい。

だから視聴者側も、テレビに出ている外国人を見て、

「外国人はこう考えているんだ」

と受け取ってはいけない。

それは外国人代表ではない。

テレビに選ばれた外国人代表である。

この二つはまったく違う。

怒った時点で、番組の狙い通りなのかもしれない

そして今回、私自身も見事に反応した。

画面にその人が出てきた。

「あ、この人か」

と思った。

そしてチャンネルを変えた。

考えてみれば、名前を覚えている時点ですでに相手の勝ちなのかもしれない。

好感度の高いタレントなら、

「この人、誰だっけ?」

で終わることもある。

嫌いな人間ほど妙に顔と名前を覚えている。

炎上商法の強さはここにある。

人間は好きなものだけでなく、嫌いなものにも注意を奪われる。

そして今のメディアは、その性質をよく知っている。

ただ、私はそこに付き合う必要はない。

不愉快なら見ない。

怒ってSNSに書き込まない。

切り抜き動画も見ない。

わざわざ名前を検索して、さらに腹を立てる必要もない。

炎上商法に対する一番地味で、一番効く対応は、たぶん無視である。

怒ることではなく、数字を渡さないことだ。

もっとも今回、テレビではチャンネルを変えたのに、そのネタで一本ブログを書いている。

結局、一番きれいに炎上商法へ釣られているのは私なのかもしれない。