オールドメディアが滅びた後、誰が政治家の不正を暴くのか?

最近、新聞やテレビを「オールドメディア」と呼んで馬鹿にする風潮がある。

偏向報道、印象操作、既得権益。批判される理由はいくらでもある。

私自身、テレビの報道姿勢には日頃から疑問を感じている。

しかし、だからといって新聞社が潰れてしまえば万事解決かというと、そう簡単な話ではない。

先日、元新聞社の政治記者で、現在はフリーのジャーナリストとして活動している人の話を聞いて、改めて考えさせられた。

新聞社の看板は、想像以上に強力だった

その人が語っていたのは、大手新聞社を辞めて初めて分かった、組織の力である。

新聞社に所属していれば、記者クラブを通じて情報が入り、社内には調査を支援するスタッフがいる。

何より「○○新聞の記者です」と名乗れば、大物政治家にも取材を申し込める。

ところが、フリーになると事情が一変する。

政治家に会うためのアポイントを取るだけでも一苦労。調査も事務作業も、すべて自分でこなさなければならない。

本人の能力が突然落ちたわけではない。

同じ記者でも、新聞社の看板を外した途端、取材能力を発揮するための環境が失われるのである。

考えてみれば、当たり前の話だ。

優秀なエンジニアでも、大企業の開発環境やチームを失えば、同じ規模のシステムを一人で作ることは難しい。

ジャーナリストも同じなのだろう。

新聞が消えると、政治家は喜ぶ?

アメリカでは地方紙の廃刊や縮小が進み、地域のニュースを継続的に取材する記者がいなくなる問題が起きている。

地方紙が担っていたのは、単なる地域ニュースの紹介ではない。

市長や議員が何をしているのか。税金がどう使われているのか。不自然な契約や不当な報酬がないか。

そうした地味な監視活動である。

新聞記者がいなくなれば、政治家や行政の行動を継続的に調べる人間もいなくなる。

不正を働く側からすれば、これほどありがたい話はない。

新聞社の経営不振を喜んでいるのは、ネットでオールドメディアを叩いている人たちだけではないのかもしれない。

本当に喜んでいるのは、これまで新聞記者に追いかけ回されていた地元の権力者たちだったりする。

ネットには発信者が溢れている。では、取材する人は?

新聞が衰退しても、ネットメディアやYouTubeがあるではないか。

そう考える人もいるだろう。

しかし、ここには決定的な問題がある。

ネットは発信することには向いているが、時間と金をかけて調査することには向いていない。

例えば、ある地方自治体の不正を調べるとする。

資料を集め、関係者に会い、証言を確認し、何ヶ月も取材を続ける。

それでも結局、何も出てこないかもしれない。

一方、ネット上で話題になっている政治家の発言を取り上げ、感想や批判を述べる動画なら、短時間で作れる。

しかも、後者のほうが再生数を稼げることもある。

数ヶ月かけて不正を暴いた記者より、そのニュースを見て30分しゃべったYouTuberのほうが儲かる。

これでは、誰も時間のかかる調査報道などやりたがらない。

ネットには政治を語る人間が溢れている。

しかし、その人たちが語っているニュースは、そもそも誰が取材して持ってきたものなのか。

元をたどれば、批判されている新聞社やテレビ局だったということも多い。

オールドメディアを馬鹿にしながら、オールドメディアが取ってきた情報で再生数を稼ぐ。

なかなか効率のいいビジネスモデルである。

必要なのは発信者ではなく、情報を掘り起こす人間

もちろん、新聞社がなければ調査報道ができないわけではない。

ネットを中心に活動する独立系の調査報道機関も存在する。

ただし、彼らが生き残るには、継続的な資金が必要になる。

読者からの課金、寄付、非営利組織による支援。

方法はいくつか考えられるが、共通するのは、再生数やアクセス数とは別の基準で報道の価値を評価することだ。

調査報道は、成果が出るまで何ヶ月もかかることがある。

その間、記者の生活費も取材費も必要になる。

しかも、何も発見できなければ記事にならない。

そんな仕事を、毎日の再生数だけで評価するのは無理がある。

新聞というビジネスモデルが衰退することと、新聞が担っていた社会的機能が不要になることは、まったく別の話なのだ。

オールドメディアが消えた後に残るもの

私は、新聞社やテレビ局を無条件に擁護するつもりはない。

むしろ、これまでの報道姿勢には批判したいことが山ほどある。

しかし、批判すべき組織だからといって、その組織が担っていた機能まで消えてよいわけではない。

ネットには、政治家を批判する人間がいくらでもいる。

だが、その政治家の不正を最初に発見し、証拠を集め、記事にする人間がいなくなったらどうなるか。

批判するための材料そのものが消えてしまう。

そうなれば、政治家は不正を隠しやすくなり、ネットの論客たちは既存のニュースを繰り返し論評するだけになる。

オールドメディアが滅びた後、ネットには政治を監視する人間ではなく、政治を評論する人間だけが残る。

そして政治家にとって、これほど都合のいい言論空間もないだろう。

何しろ、誰も調べていないのに、全員が何かを知ったような顔でしゃべってくれるのだから。