文系男子の就職難はなぜ起きているのか?——AI時代に効いてくる「大学で何をしていたか」
最近、「文系大学生、特に男子学生の就職が厳しくなっている」という話を目にした。
一方で理系学生は空前の売り手市場だそうだ。
背景として挙げられていたのが、生成AIやITによる事務作業の削減である。これまで若手が担当していた資料作成や定型的な事務、営業の補助といった仕事が減り、いわゆる「文系職」の入口そのものが狭くなっているという。
さらに、残った職種ではコミュニケーション能力などが重視され、女性が選ばれやすいという分析もあった。
ただ、理系出身の私から見ると、文系の若手が苦しくなっていること自体には、妙な納得感がある。
AIによって突然起きた問題というより、以前からあった大学教育と就職の関係が、AIによって露骨に見えるようになったのではないか。
昔から「理系は就職に強い」と言われていた
私が学生だった頃から、
「就職するなら理系のほうが有利」
とはよく言われていた。
当時の私は、
「そりゃそうだろう」
くらいに思っていた。
こちらは実験をして、レポートを書いて、研究室に行って、また実験する。
一方、文系の知人を見ると、サークルに行き、アルバイトをして、旅行へ行き、楽しそうに大学生活を送っている。
それで卒業時には同じ「大卒」として就職活動をするのだから、理系側からすれば少しくらいご褒美があってもいいだろうと思っていた。
もっとも、理系が就職に強い理由は、大学で覚えた専門知識がそのまま会社で役立つからとは限らない。
むしろ重要なのは別のところにある。
卒論そのものには、それほど価値はない
身も蓋もない言い方をすれば、学部4年生の卒業研究など、研究者の世界から見ればお遊びに近い。
修士論文になれば多少本格的になるが、それでも企業が、
「これは素晴らしい研究成果だ。ぜひ我が社で使いたい」
と思って学生を採用しているわけではない。
価値があるのは、完成した論文よりそこへ至るまでに何をやったかだ。
研究では、まず問いを立てる。過去の研究を調べ、仮説を作り、実験や計算をして、結果を見る。
予想と違えば原因を考える。
都合の悪いデータが出ても、なかったことにはできない。
最後には、他人から突っ込まれても説明できる形にして論文へまとめる。
つまり大学の研究室では、専門知識と同時に、
「自分で問いを立て、ファクトを集め、検証し、筋の通った結論を出す」
という訓練を何度もやらされる。
私は、こちらのほうが社会に出てから役に立った。
「大学4年間遊んでいました」が通用した時代
もちろん文系でも猛烈に勉強している人はいる。理系でも大して勉強していない人はいる。
ただ、少なくとも私の学生時代には、文系の知人で、
「大学で何を勉強していたの?」
と聞かれても、本人があまり説明できない人は普通にいた。
大学4年間をかなり自由に過ごし、最後に卒業できる程度のものを書いて社会へ出る。
それでも昔は問題なかった。
会社が大量に若者を採用していたからだ。
専門性がなくても、営業や事務などの入口があった。とりあえず新卒で採って、仕事は入社してから覚えさせればよかった。
ある意味では、会社が大学教育の続きを引き受けていた。
ところがAIが、その入口に入り始めた。
AIが消しているのは「専門職」より、その手前の仕事かもしれない
資料をまとめる。議事録を作る。情報を検索する。定型的な文章を書く。簡単な問い合わせに答える。
こうした若手に任せやすかった仕事は、生成AIが非常に得意とするところである。
すると企業側から見れば、
「何もできなくても若いから採って、簡単な仕事をさせながら5年かけて育てよう」
という採用のコストが以前より重くなる。
ここで皮肉なのが、AIによって「調べる作業」は簡単になったのに、調べたものが正しいのか判断する能力はむしろ重要になったことである。
AIはそれらしい答えをいくらでも作る。
だからこそ、
「その前提は本当か?」
「一次情報はどこにある?」
「そのデータから本当にその結論を出せるのか?」
と疑える人間が必要になる。
そしてこれは、まさに研究で延々とやらされる作業でもある。
AI時代になって、そもそもの椅子がなくなっている
以前なら、大学4年間をそれほど勉強せずに過ごしても、会社に入ってから鍛えてもらうルートがかなり残っていた。
AIは、その猶予期間を削り始めている。
「AIに仕事を奪われる」という言葉をよく聞く。
しかし、新卒の場合は少し違うのかもしれない。
まだ仕事をもらっていないのだから、奪われてすらいない。
大学4年間をほとんど遊んで過ごし、
「社会人になったら会社が育ててくれる」
と思って就職活動を始めたら、その初心者向けの仕事をAIが先にやっていた。
仕事を奪われたのではない。席に着く前に、椅子が片付けられていたのである。