同じボイスロイド旅行動画なのに、なぜ面白さに天と地ほどの差があるのか?

最近、YouTubeでボイスロイドを使った旅行動画をよく観ている。

合成音声のキャラクター2人が、旅行先の風景や食事を紹介しながら掛け合いをする動画だ。

このジャンルには不思議な特徴がある。

同じような映像、同じキャラクター、同じ合成音声なのに、動画によって面白さがまるで違うのだ。

あるチャンネルは何度観ても面白い。一方、別のチャンネルは5分もすると飽きてしまう。

この差はどこから生まれるのだろうか。

観光案内とエンターテインメントの違い

つまらない動画は、キャラクターが旅行先の説明をしているだけだ。

「こちらは有名な観光名所です」 「この料理は地元の名物です」 「とても美味しかったです」

これではガイドブックの読み上げと大差ない。

一方、面白い動画はキャラクター同士の掛け合いが中心だ。

道を間違えたら相方が馬鹿にする。高い料理を注文したら財布の心配をする。絶景を見に来たのに雨が降れば文句を言う。

観光情報としては、ほとんど役に立たない。

しかし、これが面白い。

視聴者が楽しんでいるのは、旅行を題材にした2人の漫才なのである。

実際には、全部1人で考えている

さらに面白いのは、画面上では2人が自然に会話していても、実際には制作者が1人で台本を書いていることだ。

例えば、定番のこんなネタ。

「よかった! 幸い、1席だけ空いていたんだ!」

「あれ? でも、私たち2人だよね?」

ここで突然、画面が切り替わる。

「しばらくお待ちください」

数秒後、何事もなかったように旅行が再開する。

もちろん、旅行しているのは制作者1人。席は1つで十分なのだ。

こういうメタ的なギャグが実に面白い。

しかも、このボケもツッコミも、画面を切り替えるタイミングも、全部1人で考えている。

自分でボケて、自分でツッコんで、自分で編集する。ずいぶん手の込んだ一人芝居である。

セリフの長さ、間の取り方、ツッコミのタイミング。面白い動画ほど、こうした脚本と演出がよくできている。

これは旅行動画というより、コントの脚本を書く仕事に近い。

同じ道具でも、同じ作品にはならない

ボイスロイドの面白いところは、誰でも同じキャラクター、同じ音声を使えることだ。

つまり、面白い動画を作る人も、つまらない動画を作る人も、まったく同じ道具を使っている。

それなのに、完成品には天と地ほどの差が生まれる。

結局は、台本を書いている人間のセンスなのである。

旅行先が平凡でも、面白い人が脚本を書けば面白くなる。逆に、珍しい場所へ行っても、脚本が退屈なら動画も退屈だ。

このあたりは落語にも似ている。

同じ演目でも、噺家によって面白さがまるで違う。上手い噺家なら、筋書きを知っていても何度でも楽しめる。

ボイスロイド旅行動画も、同じ構造なのだろう。

AI時代には、ますます残酷な差が生まれる

この話は、AIによるコンテンツ制作にも通じる。

今ではAIを使えば、文章も画像も音声も簡単に作れる。動画制作のハードルも、さらに下がっていくだろう。

しかし、誰でも作れることと、誰でも面白いものを作れることは別問題だ。

むしろ、道具の性能差がなくなるほど、作り手のセンスの差が目立つ。

昔なら「機材が悪い」「予算がない」と言い訳もできた。しかし、同じソフト、同じキャラクター、同じ音声を使っているのに、片方は面白く、片方はつまらない。

これでは言い訳のしようがない。

誰でもクリエイターになれる時代は、誰に才能がないのかまで簡単に分かってしまう時代でもある。

結局、AIがどれほど進歩しても、最後に問われるのは人間の面白さなのだろう。

そして何より皮肉なのは、同じ声で喋っているのに、片方だけが圧倒的に話がうまいことだ。

どうやら、機械に喋らせても、話のつまらなさまでは機械のせいにできないらしい。