福岡県議会のニュースを見て思った。「なんで上は止めないの?」という疑問の答え

最近、テレビをつけると福岡県議会のニュースばかり流れている気がする。

議長選をめぐる買収疑惑。

「そんな事実はない。」

「録音がある。」

「その音声はAIだ。」

さらに地震発生時の政治資金パーティー、使途不明金、海外視察への批判、そして海外視察した議員の「ネパールは天国だった」という不用意な発言まで飛び出した。

ここまで続くと、

「党本部は何をやっているんだ。」

「首相が止めればいいじゃないか。」

と思う人も少なくないだろう。

しかし、調べてみると、実はそう簡単な話ではない。

首相でも地方議員は動かせない

国会議員と地方議員は、会社の社長と部長のような上下関係ではない。

地方自治体は地方自治体として独立した組織であり、首相や党本部が地方議員へ直接命令したり、処分したりできるわけではない。

同じ政党でも、

「党が一つだから全部トップが決められる。」

という仕組みではないのである。

ニュースだけ見ていると、この点は意外と伝わってこない。

江戸時代とあまり変わらない

この構造を見ていて思い出したのが江戸時代である。

将軍は地方の大名を従えていた。

しかし、各藩の家臣まで直接指示したり処分したりすることは基本的にできなかった。

藩には藩の自治があったからだ。

日本は昔から、巨大な組織を一枚岩で動かすというより、それぞれの組織へある程度任せる仕組みを好む国だったのかもしれない。

もちろん、今の地方自治と江戸時代をそのまま同じと言うつもりはない。

ただ、「上が全部決められるわけではない」という構造は、どこか似ている。

この構造、会社でも見たことがある

実はこの話、政治だけではない。

会社でもよく見かける。

親会社があって、子会社がある。

外から見ると一つの会社に見える。

しかし実際に働いてみると、

「親会社がそう言っているので。」

で全部動くわけではない。

子会社には子会社の事情がある。

現場には現場のルールがある。

親会社の社長が交代したからといって、翌日から子会社の空気まで変わることはまずない。

むしろ、

「本社の事情なんて知らない。」

という空気のほうが強いことも珍しくない。

結果として、子会社の問題が長年放置されることもある。

それでも世間は「一番上」を叩く

もっとも、制度上は独立しているからといって、世間がそんな細かい仕組みまで考えてくれるわけではない。

問題が起きれば、真っ先に批判されるのは一番上だ。

今回の件で言えば、自民党全体のイメージが傷つく。

「地方議員だから党本部は関係ありません。」

と言われても、多くの有権者はそうは受け取らないだろう。

これは企業でもまったく同じである。

先日の熊本地震では、売上金を金庫に入れる指示を受け、店舗へ戻った従業員が二次災害に巻き込まれたケースが大きく報じられた。

実際の店舗運営は別の運営会社だったのだが、世間が最初に名前を挙げるのはブランドを持つ親会社である。

消費者から見れば、

「現地法人なのか。」

「運営会社なのか。」

「親会社に指揮命令権があったのか。」

そんな内部事情は関係ない。

看板を掲げている以上、その会社全体の責任だと考える。

政治も同じだ。

地方議員が起こした問題でも、有権者は「自民党」という看板で見てしまう。

制度上の責任と、世間が感じる責任。

この二つは、必ずしも一致しないのである。

では誰が止めるのか

結局のところ、中央が直接動かせない以上、最後にブレーキをかけられるのは誰なのか。

それは地方の有権者しかいない。

地方自治とは、裏を返せば「地方で起きたことは地方で責任を持つ」という制度でもある。

だから国政の人気だけで地方選挙を考えてしまうと、本来見るべきものを見失うこともある。

連日のニュースを見ながら、私は「また政治家か」と思うより先に、「日本って昔からこういう国だったな」と考えてしまった。

権力を一か所へ集めない。

それは自由を守る仕組みでもある。

同時に、問題が起きても「上が何とかしてくれる」と期待できない仕組みでもある。

どんなときでも便利な制度というものは、なかなか存在しないもんだ。