元ヒロインが「母親役」を始める理由——40代になると俳優は別の競技に放り込まれる
先日、妻とテレビを見ていたら、昔から知っている有名女優がドラマに出ていた。
若い頃は圧倒的な美人女優として、当然のようにヒロインを演じていた人である。それが今回演じていたのはシングルマザーだった。
「この人も、もうお母さん役をやるんだね」
そう言うと、妻が面白いことを言った。
「やっぱり老けてくるし、どこかで役を変えていかないと芸能界で生き残れないんじゃない?」
確かにそうだ。
そしてこの話を聞いて、以前ラジオで男性俳優が話していた「40代俳優の厳しさ」を思い出した。
20代と40代では、そもそも競技が違う
20代の俳優には、若さそのものが商品価値になる。
イケメン、美人、かわいい、爽やか。もちろん演技力も必要だが、カメラの前に立った瞬間に成立する華が強烈な武器になる。
恋愛ドラマなら主役になれる。刑事ドラマなら若手刑事、医療ドラマなら若い医師。物語の中心に若者がいる以上、若いというだけで大量の役が存在する。
ところが40代になると事情が変わる。
恋愛ドラマの若い主人公はもう難しい。代わりに父親、母親、上司、医師、管理職、政治家、犯人、主人公の人生を左右する重要人物といった役が増えてくる。
問題は、役が変わるだけではない。
ライバルまで変わる。
そこには舞台で20年戦ってきた役者がいる
その男性俳優が話していたのが、この部分だった。
40代になると、テレビで若い頃から活躍してきた俳優たちは、舞台や演劇の世界で長年演技を磨いてきた役者たちと、本格的に同じ役を争うようになる。
これはかなり怖い話である。
20代なら、「圧倒的に美しい」「とにかく華がある」という能力だけでも大きな差別化になる。
ところが40代の「主人公の上司」を演じるのに、圧倒的なイケメンである必要はない。「病気の娘を抱える母親」なら、顔の美しさより、一言しゃべっただけで疲れた母親に見える人のほうが強い。
そこへ、20年間舞台で鍛えてきた役者がやってくる。
若い頃に「イケメン俳優」「美人女優」と呼ばれていたことは、ここではそれほど大きなアドバンテージにならない。
ゲームのルールが変わったのである。
「お母さん役」を受け入れるのは敗北ではない
そう考えると、かつてのヒロイン女優が30代中盤あたりから母親役を演じ始めるのも違って見えてくる。
「もうヒロインをやらせてもらえなくなった」のではない。
むしろ、その先の20年を生き残るためのポジション変更なのだろう。
いつまでも「若くて綺麗な女性」の延長線上にいるより、母親、上司、悪役、癖のある中年女性まで演じられるほうが、役者として使える場所は広がる。
しかも母親役にも当然ランクがある。
ただ優しい母親もいれば、シングルマザーもいる。毒親もいる。犯罪者の母親もいれば、家族に秘密を抱えた母親もいる。
ここまで来ると、若い頃とはまったく別の能力が必要になる。
「美人女優」だった人が「母親役もできる女優」になるのではない。
「美人」という最強カードの効力が切れる前に、それ以外のカードで勝てる役者に作り替えていく。
かなり過酷な商売である。
ドラマでは定年より先に「職種変更」が来る
ここまで書いて思い出したが、私が若いときに好きだった女優さんがいる。今でもテレビで見るがお母さん役から、既におばあちゃん役になりつつある。
体系は、すっかり中年のおばさん体系である。若い人は、この人が昔は美人枠の女優さんだと知らない人も多いかもしれない。
この理屈で言えば、彼女は見事に路線変更ができたのだろう。
昨日まで恋愛ドラマの中心にいた人が、気がつけば主人公の母親になる。その横では、自分よりテレビでは無名だった舞台出身の役者が、圧倒的な演技力で重要な役を持っていく。
若い頃に売れたことは、40代以降の雇用保証にはならない。
だから、テレビで昔のヒロインが母親役をやっているのを見て、「ああ、この人も歳を取ったな」とだけ見るのは少し違うのだろう。
あれは老化ではなく、転職に近い。
しかも転職先には、20年前からその仕事だけをやってきた連中が待っている。