宗教の二世・三世を見て育った私が、新興宗教を信用できない理由
YouTubeをぼんやり眺めていたら、とある宗教団体の宣伝動画が流れてきた。
人を救うとか、正しく生きるとか、立派な教えが語られている。それを聞きながら、私は小学校時代の同級生を思い出した。
彼はその宗教のかなり上の立場にいる家族の子供で、子供の目から見ても分かるほど裕福だった。
同時に、かなりわがままだった。
周囲から甘やかされていたし、本人にも「自分は特別だ」という雰囲気があった。当然、同級生からは嫌われていた。
中学校に入ると、今度は別の宗教団体で似た人物に出会った。トップクラスの幹部の息子だと聞いた。こちらも裕福で、結構わがままだった。ただ中学生ともなると、尊大な態度はいじめのターゲットになりかねない。わがままではあるけど全員から嫌われるほどではなかった。
サンプル数は2である。
しかし多感な時期に、
「宗教の偉い人の子供=金持ちでわがまま」
という実例を二連続で見てしまった。
今でも新興宗教が「人を救う」「欲を捨てる」と語っているのを見ると、どうしても思ってしまう。
では、なぜ上の人たちはそんなに金を持っているのだろう。
なぜ宗教トップの子供を甘やかすのか
昔から不思議なのはここである。
人に謙虚さを説くなら、自分の子供にも謙虚さを教える。欲を戒めるなら、贅沢をさせない。傍若無人に振る舞えば真っ先に叱る。
そのほうが筋が通っている。
ところが私が見たのは逆だった。
親が偉い。だから子供も特別扱いされる。周囲の大人も強く言えない。そして本人もそれを当然だと思う。
宗教組織では、さらに親の権威に「神聖性」まで付いてくる。
創始者、教祖、先生、指導者。その人物の言葉や判断に特別な意味が与えられ、その空気は家族にも及ぶ。
「先生の息子」「次の指導者になる人」
そういう子供を、周囲の信者が普通の子供と同じように叱るのは難しい。
本人が何かを成し遂げる前から、大人が頭を下げる。
そんな環境で「自分は普通の人間です」と育つほうが難しい。
そして、なぜか世襲する
さらに違和感があるのが世襲である。
創始者の子供が後継者になり、そのまた子供が組織の中心人物になる。
幹部の子どももまた幹部になるようだ。
ここで素朴な疑問が出てくる。
宗教的な能力は遺伝するのだろうか。
創始者に人を引きつける力や思想があっても、その子供に同じものがあるとは限らない。
それでも血縁者が後継者になる。
教団が巨大になり、資産を持ち、多くの信者を抱えるほど、この光景は宗教というより「一族による組織経営」に見えてくる。
しかも初代は、自分で人を集め、組織を作った人間である。
二世は違う。
生まれたときには教団がある。信者がいる。施設がある。金がある。そして周囲の大人が頭を下げる。
本人が何かを成し遂げる前から、「先生のご子息」として扱われ、やがてその地位まで受け継ぐ。
私は、その世界の小さな断片を子供の頃に二度見た。
だから新興宗教の宣伝で「謙虚に生きましょう」と言われても、なかなか素直には聞けない。
教義より、トップの家族を見たほうが早い
私はそもそも新興宗教には興味がない。仏教的な思想には興味はあるが、それも個人で瞑想するレベルである。
ただ、「人を救う」「欲から離れる」「正しく生きる」と語るなら、教義より、その組織のトップ一族を見たほうが早いと思っている。
どんな生活をしているのか。
子供は特別扱いされていないか。
そして、なぜ次のトップまで血縁者なのか。
教義はいくらでも立派なことを書ける。宣伝動画なら、もっと立派に作れる。
しかし組織が本当に何を大切にしているのかは、トップ一族の扱いを見ればかなり分かる。
人には欲を捨てろと説く。
自分の一族には地位を残す。
人には謙虚であれと説く。
自分の子供は特別扱いされる。
神の教えが親から子へ遺伝するのかは知らない。
だが、地位と金だけは、ずいぶん高い確率で遺伝するようである。