なぜ「元IT営業」の評論家とは永遠に分かり合えないのか?

久しぶりにYouTubeのおすすめを眺めていたら、あるIT評論家の動画が流れてきた。

元大手IT企業の営業職。個人的にこの人の話は昔から苦手なのだが、今回も相変わらずの持論を展開していた。

「日本のエンジニアに価値はない」 「SIerの仕事なんて意味がない」 「結局アメリカの技術を使っているだけなのだから、日本にエンジニアなんていらない」

またそれか、と思った。

日本のSI業界に問題が多いことは、私も長年IT業界にいるので嫌というほど知っている。多重下請け、意味不明なExcel資料、技術力より調整能力が評価される現場、何を作っているのか分からないまま会議だけ増えていく巨大プロジェクト。

批判する材料なら山ほどある。

しかし、そこから「だから日本のエンジニアには価値がない」まで飛んでしまうと、さすがに話が違う。

これは技術論というより、営業から見たIT業界の風景なのだと思う。

「核兵器があるから通常戦力はいらない」という話

「日本企業はアメリカ製のクラウドやSaaS、プラットフォームを使っているだけ。だから自前のエンジニアなど必要ない」

この理屈を聞くたびに、私は「核兵器があるから陸軍も海軍もいらない」と言っているように聞こえる。

AWSがある。Microsoftの製品がある。Googleのサービスがある。Salesforceもある。

素晴らしい。

では、それを誰が自社の業務に合わせるのか。

既存システムと誰が接続するのか。認証はどうする。データ移行はどうする。障害が起きたら誰が原因を切り分ける。セキュリティ要件はどう満たす。性能が出なかったらどうする。海外製SaaSの仕様と日本企業の業務が衝突したら、どちらをどう変えるのか。

製品を買った瞬間にシステムが完成するなら、ITエンジニアほど楽な仕事はない。

現実にはそこから仕事が始まる。

戦闘機を買えば空軍が不要になるわけではないのと同じで、優れたIT製品を買えばエンジニアが不要になるわけでもない。

むしろ高度な道具ほど、それを理解して使いこなす人間が必要になる。

「技術屋はビジネスが分かっていない」という不思議

この手の議論には、もう一つ昔からよくあるパターンがある。

「日本の技術者は技術にこだわりすぎる」 「理系は数字を作れない」 「売れない技術には意味がない」 「もっとビジネスを考えろ」

営業としては非常に分かりやすい。

売上が立つか。契約が取れるか。今期の数字になるか。

それ自体は重要だ。会社は研究サークルではないのだから、売上がなければ給料も払えない。

ただ、それをIT産業全体の原理にまで拡張すると妙なことになる。

なぜなら、その人たちが成功例として持ち出すアメリカの巨大IT企業こそ、世界でも有数の技術オタク集団だからだ。

GoogleもMicrosoftもAmazonも、営業力だけで現在の地位を築いたわけではない。

検索エンジン、分散システム、クラウド、データベース、コンパイラ、OS、AI、半導体、ネットワーク。

普通の会社なら「そんなものにいくら金を使うんだ」と言われそうな技術へ、長年とんでもない金と人材を投入してきた。

その結果としてプラットフォームを握り、後から巨大なビジネスになった。

「技術にこだわるな」と言いながら、技術に異常なほどこだわったアメリカ企業を成功例として持ち出す。

ここにはかなり面白い矛盾がある。

営業から見れば、エンジニアはコストに見える

おそらく、ここが私とこの評論家が永遠に分かり合えない理由なのだと思う。

営業からITを見ると、製品が中心に見える。

AWSを売る。SaaSを売る。ライセンスを売る。契約を取る。

その世界では、技術者は契約した製品を導入するためのコストに見えやすい。

しかし現場から見ると景色は逆だ。

製品は部品である。

AWSもSaaSもAPIもAIも、結局は材料にすぎない。それを組み合わせて、顧客の業務を実際に動かすシステムへ変えるのがエンジニアリングだ。

営業から見れば「この製品を導入しました」で案件は一区切りなのかもしれない。

エンジニアからすると、そこからが本番である。

仕様書にない例外が出る。既存システムが妙なデータを返す。本番だけ再現する障害が起きる。昨日まで動いていた外部APIが突然変わる。セキュリティ部門から追加要件が飛んでくる。そして誰かが「明日までに直せませんか」と言い出す。

Excelの売上表には、たぶんこの辺は載っていない。

「日本のエンジニアはダメ」は便利な商売になる

そして、この種の極論がYouTubeや書籍で繰り返される理由も分かりやすい。

「日本のITにも良いところと悪いところがあります」

では動画にならない。

「日本のエンジニアは終わっている」

こちらのほうが圧倒的に強い。

不安を作れば、その次に商品を置ける。

「今のままでは危ない」 「これから必要なのは○○だ」 「市場価値を上げろ」 「世界を見ろ」

そしてコンサルティング、講座、書籍、キャリア支援へ話をつなげる。

昔からある「お前たちはダメだ。俺が正しい道を教えてやる」という商売である。

特に一定以上の世代には、この「喝を入れてやる」スタイルが妙に人気がある。

しかし、長年システム開発の現場にいる側からすると、「エンジニアには価値がない」と言われても困ってしまう。

今日も誰かがコードを書き、インフラを直し、データベースを守り、障害対応をし、他人が作った巨大なサービス同士を無理やりつないでいる。

その仕事が消えたら、評論家がYouTubeで持論を配信するためのシステムも動かなくなるのだが。。。

まあ、どんな人にも表現の自由はあるが、こちらにも見ない自由はある。

YouTubeの設定で「興味なし」にしたので、もう見ることはないだろう。