「日系人は冷たい」のか?――「郷に入れば郷に従う」を逆さまから考える

物事は、逆さまから見ると意外な発見がある。

先日、アメリカ在住の日本人から興味深い記事を読んだ。アメリカの日系人の中には、日本人に対して冷たく、自分の日本人としてのルーツにもあまり関心がないように見える人も結構いるという。

あからさまに日本人と自分たちを一緒にしてほしくないと言う人もいるそうだ。

その話を聞いて、昔アメリカで経験した出来事を思い出した。

アメリカで出会った、少し冷たい日系人

以前、私がアメリカを訪れた際、ちょっとしたトラブルに巻き込まれたことがある。

当時の私は英語がほとんどできず、相手の説明も十分に理解できなかった。困っていたところ、日系人の方が通訳を引き受けてくれた。

ただし、最初に釘を刺された。

「通訳はするけれど、その結果について一切責任は取らない」

正確な言い回しは覚えていないが、そんな趣旨だった。

ずいぶん事務的で、少し冷たい印象を受けた。

もっとも、当時の私にとっては通訳してもらえるだけで十分ありがたかった。実際に助けてもらったのだから、文句を言う筋合いもない。

しかし、人によっては「同じ日本人なのに、なんだその態度は」と腹を立てたかもしれない。

ここで、ふと考えた。

そもそも、なぜ日系人だからといって、私たち日本人に親切にしてくれると期待するのだろうか。

勝手に「同胞」だと思っていないか

日本人は、海外で日系人に出会うと、無意識に親近感を抱くことがある。

同じ日本にルーツがあるのだから、きっと自分たちの味方になってくれる。困っていたら助けてくれる。そんな期待だ。

しかし、相手はアメリカで生まれ育ったアメリカ人だ。日本語が話せるとも限らないし、日本という国に特別な愛着があるとも限らない。

それなのに、こちらが勝手に「同胞」扱いして、期待どおりに振る舞ってくれなければ「冷たい」と評価する。

考えてみれば、ずいぶん身勝手な話である。

私を助けてくれた日系人も、別に冷酷だったわけではない。面倒なトラブルに巻き込まれないよう、自分の責任範囲を明確にしただけだ。

むしろ、それでも通訳をしてくれたのだから、十分親切だったとも言える。

「郷に入れば郷に従う」の裏側

移民の話になると、よく「郷に入れば郷に従う」という言葉が出てくる。

移住先の文化や習慣を尊重し、現地社会に適応するべきだという考え方だ。

では、アメリカに何世代も暮らし、すっかりアメリカ社会に溶け込んだ日系人はどうだろう。

この基準で考えれば、立派な成功例である。

しかし、逆さまから見ると別の疑問が生まれる。

現地社会に同化する過程で、日本というルーツへの関心を失ったり、他のアジア人と一緒に扱われることを嫌ったりする人もいるのではないか。

かつて差別や偏見にさらされた人々が、長い時間をかけて社会的な地位を築いてきた。その結果、「今さら外国人扱いされたくない」という心理が生まれたとしても不思議ではない。

ただ、現地社会に適応することと、自分のルーツを否定することは別の話である。

一方で、何世代も前の祖先の出身国に、いつまでも特別な愛着を持つべきだと要求するのもおかしい。

結局、「郷に入れば郷に従え」と言いながら、「日本人の血が流れているなら日本人らしく振る舞え」と期待するのは、こちら側の矛盾なのだろう。

一番助けてくれたのはメキシコ人だった

さて、話を昔のアメリカでのトラブルに戻そう。

実は、そのとき私を一番親身になって助けてくれたのは、日系人ではなく、メキシコ出身の人だった。

そもそも、日系人の方に通訳をするよう説得してくれたのも、このメキシコ人の彼だった。

つまり、日系人の方が通訳してくれたのも、彼が間に入ってくれたおかげなのである。

日本とのつながりなど、特にない人だったが、本当に親切だった。

以来、私はメキシコ人に対して非常に良い印象を持っている。

もちろん、たった一人の親切なメキシコ人に出会ったからといって、メキシコ人全体が親切だと証明されたわけではない。そんなことは分かっている。

それでも、メキシコという国の名前を聞くと、今でもあのときの親切を思い出す。

一方で、日系人に少し事務的な対応をされただけで、「日系人は冷たい」と感じる人もいる。

結局、人間が他国の人々に抱く印象など、その程度の個人的な体験から簡単に作られてしまうのだ。

国籍やルーツについて偉そうに論じていても、その判断材料は、たまたま出会った数人の態度だったりする。

冷たい態度がくれた、思わぬ贈り物

皮肉なことに、あの出来事で日系人に対する私の印象は少し悪くなった。しかし同時に、英語を勉強する強い動機を与えてくれたのも、あの日系人の冷たい態度だった。

もう二度と、言葉が分からないばかりに他人の助けを当てにするような思いはしたくない。そう考えるようになった。

今では英語もそれなりに使えるようになった。

あのメキシコ人には、今でも感謝している。そして日系人の彼にも、ある意味では感謝している。

もっとも、次にアメリカでトラブルに遭っても、もう日系人の出番はない。