飛び込み営業も人脈づくりも無理。昔の自分へ、「そんな本読まなくていいぞ」
週末、部屋に溜まっていた古い本をまとめて処分することにした。
昔買った技術書なんかは、当然のように賞味期限が切れている。
ITの世界では仕方がない。数年前には最先端だったものが、今では「そんなものもあったな」という扱いになっていることも珍しくない。技術書については、古くなれば捨てるしかない。
問題は、その横から出てきた別の本だった。
自己啓発本である。
しかも、一冊や二冊ではない。
「こんなの買ったっけ?」
と思いながらパラパラめくってみると、さらに疑問が湧いてきた。
当時の私は、一体何になろうとしていたのだろう。
私は保険の営業にでもなるつもりだったのか
内容を見てみると、今の自分からするとかなり無茶なことが書いてある。
「人脈のありそうな知人をランチに誘おう」
「断られてからが本当のスタート」
「積極的に新しい人と会おう」
「自分で限界を決めてはいけない」
そういう話が延々と続く。
いや、無理である。
特に「人脈のありそうな知人をランチに誘う」なんて、今読んでもまったくやりたいと思わない。
何の用事もないのに、
「久しぶり。今度ランチでもどう?」
と連絡して、実はその先に仕事の話がある。
私が逆の立場なら警戒する。
ましてや飛び込み営業など絶対に無理だ。
知らない会社のドアを開けて、頼まれてもいない商品を売り込む。
想像しただけで帰りたくなる。
私は長年エンジニアをやってきた。
なぜそんな人間が、保険の外交員や不動産の歩合営業のようなノウハウを一生懸命読んでいたのか。
今となってはよく分からない。
NLPまで出てきた
さらに本棚の奥から、NLP(神経言語プログラミング)の本まで出てきた。
NLPは、言葉や思考パターンを利用してコミュニケーションや自己変革につなげようという手法で、自己啓発の世界でも一時期かなり流行した。
これを見つけたときは、さすがに笑ってしまった。
当時の私は相当焦っていたのだろう。
技術だけでは駄目だ。
コミュニケーション能力も必要だ。
営業力も必要だ。
人脈も作らなければならない。
考え方そのものも変えなければならない。
そんな調子で、足りないものを片っ端から埋めようとしていたのだと思う。
RPGのキャラクターなら、全部のステータスを上げれば最強になる。
しかし残念ながら、人間はそんなに都合よくできていない。
「限界を外せ」と言われても困る
自己啓発本には、昔からよく出てくる言葉がある。
「限界を決めているのは自分だ」
「できないと思うからできない」
「コンフォートゾーンから飛び出せ」
「リミットを外せ」
若い頃は、こういう言葉にもそれなりに説得力を感じていた。
だが、歳を重ねてくると、自分という人間のスペックが嫌でも分かってくる。
得意なこと。
苦手なこと。
頑張れば何とかなること。
頑張っても大して伸びないこと。
そして、そもそもやりたくないこと。
これらの区別がかなりつくようになる。
私は人前でまったく話せないわけではないし、仕事なら顧客とも普通に話す。
必要なら交渉もする。
しかし、それと「知らない人にどんどん声をかけて人脈を広げましょう」は別物である。
飛び込み営業が得意な人もいる。
初対面の人とすぐ仲良くなれる人もいる。
飲み会へ行けば、帰る頃には知らない人とFacebookやLinkedInでつながっている人もいる。
私には無理だ。
そして今では、それでいいと思っている。
若い頃は「全部できる人」になろうとしていた
振り返ってみると、昔の私は「苦手なものを克服すれば、もっと完全な人間になれる」と考えていたのだと思う。
技術力がある。
営業もできる。
人脈も広い。
プレゼンもうまい。
初対面の人ともすぐ仲良くなれる。
リーダーシップもある。
そんな全部入りの人間を目指していた。
しかし、全部の能力を平均以上にする必要などなかった。
苦手な能力を40点から50点にするために大量の時間を使うより、自分がもともと70点取れるところを80点、90点にしたほうがいい。
エンジニアなら、エンジニアなりの戦い方がある。
営業マンと同じ方法で仕事を取る必要もない。
人脈作りが苦手なら、文章を書いて自分を知ってもらう方法だってある。
知らない人をランチに誘うのが嫌なら、ブログを書いて向こうから見つけてもらえばいい。
今なら、そちらを選ぶ。
人は自己啓発本を読んだくらいでは変わらない
山のような自己啓発本を処分しながら、結局ここに行き着いた。
人は、自己啓発本を何冊読んでも別人にはならない。
本を読んだ直後は変わった気になる。
明日から早起きしよう。
知らない人にも積極的に話しかけよう。
毎週一人、新しい人とランチをしよう。
コンフォートゾーンを抜け出そう。
そして一週間もすると元に戻る。
少なくとも私はそうだった。
考えてみれば当然である。
本を200ページ読んだくらいで性格そのものが簡単に変わるなら、世の中にこれほど大量の自己啓発本が出版され続ける必要もない。
むしろ今は、自分を無理やり別人に改造するより、自分の性格を前提にして戦い方を考えるほうが現実的だと思っている。
営業が苦手なら、営業が得意な人と同じ方法を使わなければいい。
人脈作りが苦手なら、別の方法で自分を知ってもらえばいい。
自分の弱点を全部消すのではなく、弱点がある状態でどうやって勝負するかを考える。
そのほうがずっと楽だし、たぶん強い。
今回、昔の自己啓発本はほとんど処分した。
本棚はかなりすっきりした。
昔の自分に一言だけ言えるなら、
「そんなに自分を改造しなくていいぞ」
と言いたい。
もっとも、それを当時の私に言ったところで、きっと聞かなかっただろう。
そして「自分を変えるためには、まず他人の意見に左右されないことだ」と書かれた別の自己啓発本を買ってそうだ。