名将の作戦より、財布の厚さが歴史を決める
戦国時代のドラマを見ていると、どうしても名将の知略や奇抜な作戦に目が向く。
例えば長篠の戦い。
かつては、織田信長が鉄砲を大量投入するという先進的な戦術を採用し、騎馬隊に固執した武田軍を打ち破った、という説明が定番だった。
しかし近年では、武田軍が騎馬隊中心の時代遅れの軍隊だったというイメージも見直されている。
そもそも、武田軍だって鉄砲の威力を知らなかったわけではない。実際に鉄砲を使用していた。
では、なぜ織田・徳川連合軍のような大規模な運用が難しかったのか。
ここで重要になるのが、戦術以前の経済力である。
鉄砲は買って終わりではない
鉄砲を大量に使うには、銃そのものだけでなく、弾丸や火薬を継続的に供給しなければならない。
特に火薬の原料となる硝石は、当時の日本では十分な量を国内調達できず、海外との交易が重要だった。
信長は畿内の商業都市や流通網に影響力を広げ、大量の物資を集められる立場にあった。
一方、甲斐を本拠とする武田氏には、地理的にも経済的にも制約があった。
武田軍だって、できることなら鉄砲を大量投入したかったに違いない。しかし、大量の鉄砲を揃え、弾薬を確保し、兵士に訓練を施すには、まず金がいる。
名将がどれほど優れた作戦を思いついても、必要な物資がなければ実行できない。
戦場で勝負する前に、財布の中身で差がついているのである。
太平洋戦争も同じ構造だった
太平洋戦争についても、日本軍の精神論や作戦の失敗ばかりが語られがちだ。
しかし、日本軍が戦術的に優れていた場面も少なくない。
真珠湾攻撃は大規模な空母機動部隊を使った大胆な作戦だったし、零戦も開戦当初は航続距離や格闘性能で大きな強みを持っていた。
問題は、それだけでは戦争に勝てないことだ。
アメリカは圧倒的な工業力で航空機や艦船を大量生産し、失った戦力を補充していった。さらに燃料、輸送船、整備設備、搭乗員の育成まで、戦争を継続する仕組みそのものが巨大だった。
日本が優秀な兵器を開発しても、アメリカは対抗する兵器を量産して投入してくる。
一機の性能で勝っても、相手が何倍もの数を送り込んでくれば、いずれ押し切られる。
しかも兵器だけではない。熟練搭乗員が失われれば、その穴を埋めるための訓練にも時間と資源が必要になる。
戦術で一度勝つことと、戦争を何年も続けて勝ち切ることは、まったく別の能力なのである。
現代の米中対立も、結局は経済の問題
この視点で現代の米中対立を見ると、また違った景色が見えてくる。
中国は巨大な製造業を持ち、軍事力も急速に拡大してきた。アメリカにとって、かつてない規模の競争相手である。
しかし、先の経済の原理を当てはめれば勝者は明らかだ。
中国にとってアメリカは重要な市場であり、アメリカにとっても中国は巨大な生産拠点だ。
両国が全面的な軍事対立に踏み切れば、どちらも大きな損害を受ける。
しかし、決定的なのは、その損害の意味が両国でまったく違うことだ。
アメリカにとって中国は、代替を進められる生産拠点の一つである。一方、中国にとってアメリカは、製品を売る巨大市場であると同時に、先端技術や国際金融につながる重要な相手でもある。
アメリカは中国との関係を断っても、経済を組み替える余地がある。しかし中国は、アメリカ市場を失うだけでなく、世界経済との関係そのものに大きな打撃を受けかねない。
アメリカにとっては生活水準と経済効率の問題でも、中国にとっては国家経済そのものの問題になる。
仮に初戦で中国が台湾を占領できたとしても、その後の経済制裁で中国経済は崩壊、少なくともいまの経済的な立ち位置を失うことは明らかである。
歴史の主役は、案外地味である
歴史ドラマでは、名将が地図を広げ、敵の裏をかく作戦を思いつく場面が盛り上がる。
しかし、その作戦を実現するために、誰が兵糧を調達し、誰が武器を生産し、誰が輸送費を負担したのか。そこはあまり描かれない。
考えてみれば当然だ。主人公が帳簿を眺めて資金繰りに頭を抱えていても、ドラマとしては地味すぎる。
だが、現実の戦争では、その地味な部分こそが勝敗を左右する。
歴史に名を残すのは作戦を立てた名将だが、その作戦を実現させたのは、たいてい名前も残らない経理と物流の担当者なのである。