「もうネタがない」——鉄道系YouTuberの告白に妙に共感した話

先日、ある鉄道系YouTuberが「もうネタがない」と嘆いている動画を見た。

長年チャンネルを続けていると、新しい企画を思いついても「それ、前にやったな」となるらしい。

そもそも鉄道というのは、毎日劇的に変化するものではない。新型車両やダイヤ改正などのニュースはあるが、それを紹介するだけでは視聴者から「ニュースサイトを見れば済む話」と言われてしまう。

なかなか厳しい。

鉄道に詳しいから鉄道系YouTuberになったのに、鉄道ネタを繰り返しすぎた結果、話すことがなくなってしまったのである。

私もブログで同じ壁にぶつかった

実は、この気持ちはよく分かる。

以前、AIやIT技術を中心にブログを書いていた時期があった。

最初は書きたいことが山ほどある。新しい技術、開発現場の問題、AIの進化など、いくらでもネタが出てくる。

ところが続けていると、

「あれ、これ前にも書いたな」

となる。

IT業界は変化が激しいが、私自身の作業内容が毎日劇的に変わるわけではない。

新しいニュースを見ても、結局いつもの持論に着地してしまう。

これでは記事のタイトルだけ変えて、同じ話を何度もしているようなものだ。

そこで私は、テーマをITに限定するのをやめた。

政治でも歴史でも、電車で見かけた人の話でもいい。日常で気になったことを適当に書くようになった。

もともとは仕事の集客目的で始めたブログだったが、今では集客すらどうでもよくなりつつある。

自分の頭の中を整理して、文章として残す。それ自体が目的になっている。

要するに、趣味である。

専業YouTuberはそうもいかない

しかし、動画で生活している人は違う。

ネタがないから今週は休み、というわけにはいかない。

再生数が落ちれば収入も落ちる。視聴者は常に新しいものを求めてくる。

かといって、新しいニュースを紹介するだけでは物足りないと言われる。

つまり視聴者は、鉄道の情報が欲しいのではなく、鉄道を題材にした面白いコンテンツを求めているのだ。

ここが難しい。

最初は鉄道の知識が武器だったのに、長く続けるほど企画力や話術、キャラクターといった別の能力が要求されるようになる。

鉄道の専門家として始めたはずが、いつの間にかテレビのバラエティ番組の企画担当者のような仕事をしている。

しかも毎週である。

考えただけで疲れる。

情報には限りがあるが、感想には限りがない

結局、特定のジャンルに絞って発信を続ければ、いつかネタは尽きる。

新しい事実が生まれる速度より、コンテンツを消費する速度の方が速いからだ。

その壁を越えるには、情報そのものではなく、発信者自身の視点を面白がってもらうしかないのだろう。

同じニュースでも、この人ならどう考えるのか。

同じ鉄道路線でも、この人が乗ったら何を言うのか。

そういう部分に価値が移っていく。

もっとも、これは言うほど簡単ではない。

情報が面白いから見ていた視聴者が、発信者本人まで好きになってくれるとは限らないからだ。

ネタ切れしない方法を見つけた?

私の場合、幸いブログで生活しているわけではない。

だからネタがなければ書かなければいいし、昨日と似た話を書いても誰にも怒られない。

むしろ最近は、何でもない日常の出来事から、勝手に話を広げること自体を楽しんでいる。

ただ、これも本当にネタが尽きたらどうなるか分からない。

そのときは「なぜ人はネタ切れになるのか」という記事でも書けばいい。

……と思ったところで気づいた。

今まさに、他人のネタ切れをネタにしてブログを書いている。

どうやら私の場合、ネタ切れになって困っている人がいる限り、まだしばらくは大丈夫そうである。