日本軍は負けるとわかっていた。それでもアメリカと戦争した理由

「当時の日本は軍部が暴走し、勝てるはずのないアメリカとの戦争に突き進んだ」

太平洋戦争について、よく聞く説明である。

先日、秋丸機関について解説した動画を見た。

秋丸機関とは、戦前の日本陸軍が設けた経済戦争の研究組織である。日米英などの経済力や資源を分析し、日本が長期戦で勝利するのは極めて困難だという見通しを示していた。

それでも日本は開戦した。

かつては「軍部が客観的な分析を無視して無謀な戦争を始めた」と説明されることが多かった。しかし動画によれば、現在ではそうした単純な解釈は支持されにくくなっているという。

軍部は国力の差を理解していなかったわけではない。勝ち目が乏しいことを認識しながら、それでも開戦を選んだ。

では、なぜ負ける可能性が高いとわかっている戦争を始めたのか。

追い詰められた人間は宝くじを買う

例えば、明日の生活費すらないほど追い詰められた人がいるとする。

手元に残ったわずかなお金で食事をして、今後の生活を考える。普通ならそれが合理的な判断だろう。

しかし、そのお金で宝くじを買う人もいる。

当選確率が極めて低いことは本人もわかっている。それでも「このままではどうせ破滅する」と思えば、わずかな逆転の可能性に賭けたくなる。

第三者から見れば愚かな行動である。

しかし、本人にとっては、それが最後に残された希望なのだ。

1941年の日本も、これに近い心理状態だったのではないか。

アメリカに屈するか、勝ち目の薄い戦争をするか

当時の日本は、中国での戦争を長引かせ、アメリカとの関係を悪化させていた。

アメリカによる石油禁輸は、日本の軍事行動を続けるうえで深刻な問題だった。

交渉の末に示されたハル・ノートも、日本側には中国からの撤兵など、それまでの大陸政策を根本から見直す要求として受け止められた。

現在の価値観から見れば、他国への侵略をやめて撤退するのは当然だろう。

しかし、当時は欧米列強が世界各地に植民地を持っていた時代でもある。

日本の指導層にとって、大陸で獲得した権益を放棄することは、単なる外交上の譲歩ではなかった。長年の国家戦略を否定し、それまで払ってきた犠牲を無駄にする決断でもあった。

重要なのは、当時の指導者たちが、撤退という選択肢を政治的に受け入れがたいものと考えていた点である。

その結果、彼らの目には選択肢が二つしか残っていなかった。

アメリカの要求を受け入れて、それまでの国家戦略を捨てるか。

あるいは、勝ち目の薄い戦争に踏み切り、初期の軍事的成功から有利な講和を引き出すことに賭けるか。

後者を選んだのが日本だった。

もし今の日本が、中国から服属を迫られたら

ここで、現代に置き換えて考えてみたい。

仮に日米同盟が消滅し、日本が孤立したとする。

そこへ圧倒的な軍事力を持つ中国が、こんな条件を突きつけてきたらどうだろう。

「中国の傘下に入れば、経済と安全は保障する。ただし、民主主義と天皇制は廃止してもらう」

軍事的に抵抗しても勝ち目はほとんどない。

それなら素直に従属するべきだ、と日本人は割り切れるだろうか。

おそらく、そう簡単ではない。

どれほど国力に差があっても、国家としての独立や制度を失うくらいなら抵抗するべきだ、という声は出てくるはずだ。

勝てるかどうかと、受け入れられるかどうかは別問題なのである。

当時の日本の指導者たちも、大陸からの撤退をそれほど重大な屈辱と捉えていたのではないか。

他国の領土から撤退することと、自国が外国に服属することは同じではない。ただ、当事者が何を「絶対に譲れないもの」と考えるかによって、合理的な選択肢そのものが消えてしまうという心理は共通している。

負けるとわかっていても、戦争は起きる

秋丸機関の分析が示唆するのは、戦前の日本に客観的な情報がなかったわけではない、ということだ。

問題は、情報があっても、それを政策に反映できる政治的な状況がなかったことではないか。

勝てないとわかっていても、譲歩できない。

譲歩できないから、わずかな勝機に賭ける。

そして、その賭けに失敗したときの代償は、決断した指導者だけでなく、国民全体が支払うことになる。

「軍部が愚かだったから戦争になった」と片付けるのは簡単だ。

しかし、それでは、現代の国家が同じような決断を下す可能性を見落としてしまう。

本当に恐ろしいのは、無知な指導者が戦争を始めることだけではない。

負けると理解している指導者でさえ、戦争を選んでしまうことがある。

そして、宝くじと違って、国家の大博打では、賭けた本人だけが破産するわけではない。