国の「好感度調査」に一喜一憂する虚無感――本当に気にするべきは「遠くの好意」より「身近な利害」だ

先日、各国に対する国際的な好感度調査の記事を見ていた。

最近の調査では、アメリカに対する評価がかなり落ちている。その調査では、36カ国の多くで中国のほうがアメリカより好意的に見られるという、少し前なら意外に感じたであろう結果まで出ている。背景には中国への評価改善もあるが、それ以上にトランプ政権下でアメリカへの評価が大きく落ちたことがある。

トランプ大統領の強硬な外交姿勢や破天荒な言動を見ていれば、「まあ、そうなるよね」と思う。

しかし、こういうニュースを見るたびに、私は別のことが気になる。

そもそも、国家の「好感度」って、そこまで気にする数字なのだろうか。

隣国はだいたい仲が悪い

世界を眺めていると、面白いほど隣国同士は揉めている。

日本と中国、日本と韓国だけの話ではない。

国境、領土、歴史、移民、漁業、貿易、安全保障。近ければ近いほど利害が重なり、揉める材料も増える。

日本人の中国に対する評価が低いのも典型的だ。2026年のPew調査では、日本で中国に否定的な見方をする人は88%に達している。

考えてみれば当たり前でもある。

隣人とはゴミ出しの時間ひとつでも喧嘩になるが、地球の裏側に住んでいる人とはゴミ出しでは絶対に喧嘩にならない。

国家だって似たようなものだ。

逆に、遠く離れて直接の利害関係が薄い国については、かなり気楽に評価できる。

「アニメが好きだから日本が好き」

「K-POPが好きだから韓国が好き」

「スイスは景色がきれい」

そんな理由でも十分である。

別に悪いことではない。私だって外国に対して似たようなイメージを持っている。

ただ、それと外交上の信頼関係は別物だ。

ポップカルチャーで上がった好感度は、政治家一人でも下がる

韓国の国際的なイメージが昔より良くなったことについて、K-POPやドラマ、映画などの影響は無視できないだろう。

日本も同じである。

アニメ、漫画、ゲーム、食文化、観光。日本政府が何もしなくても、世界中で勝手に日本のイメージを良くしてくれる。

一方、アメリカを見ると逆の現象が起きている。

つまり国家好感度という数字は、意外に動く。

人気歌手が世界的に売れれば上がる。

映画がヒットしても上がる。

逆に政治家が派手なことをすれば下がる。

そして政権が変われば、また戻ることもある。

そう考えると、国家の実力を測る数字としてはずいぶん軽い。

「遠くの好意」は1円にもならない

かなり冷たい言い方をすれば、地球の裏側に住んでいる誰かから、

「日本、大好きです!」

と言われても、私の生活にはほとんど何の影響もない。

もちろん観光客が増える、商品が売れる、文化的影響力が外交資産になる、といった間接的な効果はある。

しかし、私がここで言いたいのはランキングそのものの話だ。

「日本は世界で好かれている!」

「中国より上だ!」

「韓国に抜かれた!」

そんな順位に国民が一喜一憂することに、私はあまり意味を感じない。

それよりはるかに重要なのは、好き嫌いに関係なく付き合わなければならない相手と、どう関係を作るかである。

会社でも同じだ。

年に一度しか会わない別部署の人から「いい人ですね」と言われるより、毎日一緒に仕事をする相手と揉めずに仕事が回るほうが重要だ。

国家なら、なおさらである。

高市首相が靖国参拝を見送った

その意味で興味深かったのが、今年8月15日の高市首相の靖国神社参拝である。

高市首相は終戦の日の靖国神社参拝を見送った。

ここで海外の読者向けに少し説明しておく。

靖国神社は、日本の戦争などで亡くなった人々を祀る神社である。一方、第二次世界大戦後の東京裁判でA級戦犯とされた人物も合祀されている。このため、日本の首相や閣僚による参拝は、中国や韓国との外交問題になってきた。

当然、支持基盤である保守層から見れば面白くない。

しかし外交として考えれば、私はかなり現実的な判断だと思う。

中国や韓国をわざわざ刺激して外交問題を一つ増やすことに、どれほどの実益があるのか。

自分を支持してくれる人たちから拍手をもらうことと、国家間の実利は別である。

政治家の仕事は好感度コンテストではない。

ところが、外交はそんなに簡単でもなかった

……と、ここまでならきれいに話をまとめられた。

ところが今日、また面白くないニュースが出てきた。

ここのところ中国側から、沖縄・琉球の日本への帰属に疑義を投げかける主張が相次いでいる。

これを見ると、先ほどの話も少し複雑になる。

高市首相が靖国参拝を見送り、中国との無用な摩擦を避けようとした判断を私は妥当だと思う。

しかし外交には、もう一つの現実がある。

こちらが譲歩すれば、相手も譲歩してくれるとは限らない。

むしろ「ここまで押しても反撃してこない」と判断され、さらに要求が強くなることさえある。

靖国参拝を見送った直後に沖縄の帰属をめぐる話まで出てくれば、高市首相は国内の保守層から「だから中国に配慮しても意味がない」と叩かれるだろう。

その批判にも、それなりの説得力が出てしまう。

好かれることと、舐められないこと

結局、外交とは難しい。

相手を刺激し続ければ関係は悪化する。

だからといって、ひたすら融和的に振る舞えばいいわけでもない。

重要なのは好かれることではなく、相手と利害を調整しながら、越えてはいけない線も明確にすることなのだろう。

これは国家だけではない。

会社でも取引先でも人間関係でも、何でもそうだ。

どうでもいい相手100人から「あなたが好きです」と言われるより、毎日関わる相手と利害を調整できるほうが重要である。

そして、相手との関係を壊さない努力は必要だが、何でも譲れば良い関係になるわけでもない。

国際好感度ランキングで日本が何位になった、中国が何位になった、韓国に勝った負けたと喜んでいる場合ではない。

外交で本当に必要なのは、好かれることでも、嫌われることを恐れないことでもない。

仲良くするところでは仲良くし、譲れないところでは譲らない。

たぶん一番難しいのは、その境界線を決めることだ。

そして今回の沖縄の話を見る限り、高市首相にとって、その境界線を試される場面は思ったより早く来たのかもしれない。